研究全体としては、伝統的に、国民(市民)の国家に対する保障であるとされる人権(基本権)が、私人(市民)の間においても効力をもつかという、いわゆる人権の私人間効力ないしは私法上の人権の効力とよばれているテーマについて、私法関係のなかでも労働関係に焦点をあてて検討を行うものである。つまり、労働者が自分の人権の保障を、国家ではなく、私人である使用者に対しても求めることができるかという問題につき、日本の議論に大きな影響を与えてきたドイツのボン基本法のもとでの議論を素材として、人権ごとに検討を加えて、それらをふまえて、人権の私人間効力論の再検討を行おうとするものである。 平成29年度は、平成28年度に引き続き、個別の基本権としての、宗教の自由に関するものとして、教会ではたらく労働者の人権と教会の自己決定権の関係、つまり、教会で働く労働者が教会の教義に反する行動をとったことを理由として、忠誠義務違反として、教会によって解雇されることが許されるかについての判例・学説の検討にとりくんだ。連邦労働裁判所は、教会で働く労働者といってもその仕事内容は異なり、忠誠義務の程度も異なることを前提として、解雇を無効とする判決を出したこともあるが、連邦憲法裁判所は、忠誠義務に段階をつけるかどうかも教会の自己決定権に属するとして、教会の判断を尊重する枠組みを採用してきた。しかし、最近の判決では、説得性の審査と利益衡量という二段階で行う判断枠組みをとり、個別の事情の判断が重視されるようになってきたという変化がみられることを明らかにできた。また、憲法と労働法の関係についての日本での議論の状況を整理した。
|