研究課題/領域番号 |
15K03144
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
道垣内 正人 早稲田大学, 法学学術院, 教授 (70114577)
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研究分担者 |
岡松 暁子 法政大学, 人間環境学部, 教授 (40391081)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 核兵器の不拡散に関する条約 / 核供給国グループ / 査察 / 原子力協定 / 原子力損害の補完的な補償に関する条約 / 国際裁判管轄 / 準拠法 |
研究実績の概要 |
2015年度は、核技術・機器の国際移転を法的に分析する基礎として以下のような研究活動を行った。 第1に、核技術・機器そのものを理解するため、九州電力の川内及び玄海の原子力発電所を視察した。いずれにおいても、安全性を高めるための重層的な安全対策が導入されており、このような対策がとられた機器や施設をこれから原子力発電に乗り出そうとしている諸外国に移転することの重要性を認識した。また、核拡散防止を目的とする査察のため、核燃料の数量、動きを把握するために燃料貯蔵プールに設置されたカメラも実際に見ることができた。 第2に、日本原子力学会に参加した。この学会は、主として原子力工学等の研究者・技術者が中心となり、研究成果を発表し、議論する場である。このような理系の学会に我々のような法律の専門家が参加することは従来あまりないことであるが、原子力技術・機器についての最新の科学的知見を得るためには最適の場であった。特に、女川原子力発電所の東北大震災の当時の所長による対応の講演や、原子力界における未解決問題についての報告は興味深く、後者では道垣内も発言して議論に加わった。福島第一事故後も、原子力に関する理系の最先端の研究者と我々のような法律研究者を含む文系の研究者との交流は必ずしもされていない点を改善する必要があり、その第一歩となった。 そのほか、文献を通じて、岡松は、核兵器の不拡散に関する条約(NPT)、核関連機器の国際移転を規律する枠組み、二カ国間の原子力協定による扱い等の研究を行い、「国境を越える核関連物質・機器の国際管理」(中野勝郎編著『境界線の法と政治』(法政大学出版会・2016))としてまとめた。また、道垣内は、原子力損害の補完的な補償に関する条約(CSC)が日本について発効した後の日本法の変化のうち、原子力損害賠償請求訴訟の国際裁判管轄及びその請求権の準拠法についての研究を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
5年の研究期間の初年度として研究の基盤を構築する活動を行った。具体的には、基礎的な資料収集とともに、原子力発電所の視察、理科系の日本原子力学会への参加・交流を行った。 国際公法の分野については、岡松が、核兵器の不拡散に関する条約(NPT)及び核供給国グループ(NSG)からなる現在の核管理体制の成立過程とその基本構造を研究した。この中で、原子力技術・機器の拡散はエネルギー源としての原子力発電事業によって小資源国の経済発展を支えるというプラスの側面があるものの、それは同時に国際の平和と安全に対するリスクを高めることから、歴史的に核管理をいかに進めるかについて様々に検討され、実施されてきたことであり、インドなどの非NPT締約国の主張とそれに対する対応を紐解くことができた。特にインドについては、アメリカとの原子力協定の問題点を検討し、日本との原子力協定のあり方を考察した。 国際私法の分野については、道垣内が、原子力損害の補完的な補償に関する条約(CSC)の成立過程とその基本構造を研究するとともに、特に日本法がこの条約の批准によってどのように変化したかについて基礎的な考察を行った。道垣内は、日本エネルギー法研究所における原子力損害賠償法制についての研究班の座長をしており、その研究会において、構成員である法律の諸分野の研究者と研究討議を重ねるのみならず、原子力の分野における各方面の関係者を招いて議論をしており、その活動は本研究の基礎的な作業と重なるものとして有益である。道垣内はまだ活字としての研究成果を公表するには至っていないが、素材となる情報と分析の構想は固めつつある。 以上の通り、本研究課題の進捗状況は、おおむね順調に進展している、ということができる。
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今後の研究の推進方策 |
国際公法及び国際私法の両分野とも、インドに焦点を当てて研究をする方針である。 インドはNPTの非締約国であり、核兵器を保有し、原子力発電も行っている。このようなインドについて、アメリカは、NPT非締約国への原子力協力を禁止した原子力法を改正し、インドをNSG体制下のルールの例外として同国への原子力輸出を可能とし、2008年に両国は原子力協力協定を締結した。このような扱いは、NPTが禁じる5大国以外の原子力の軍事利用を事実上黙認するものという批判があり、不拡散体制を揺るがしかねない。他方で、インドは、CSCを批准する意向を示しつつも、同条約が前提とする責任集中原則を否定し、原子炉の欠陥により事故が発生した場合には、原子炉メーカー等に対して損害賠償責任を追及するとしている。責任集中制度を否定する国への原子力技術・機器の輸出に応じる原子力先進国企業が現れず、質の低い原子炉が建設される虞があることが懸念されている。 このように、インドの国際公法・国際私法上の特殊な地位は学術的に注目に値するものである。そして、2016年度には、インドにおいて国際原子力法学会(INLA)の世界大会が開催されるので、これに参加して、特に日本とインドとの間で2015年に締結に合意した原子力協定及びCSC締結の際の製造物責任法制について、インド及びインドと関わりを持つ多くの国々の専門家との研究交流をすることを予定している。 なお、インド出張の機会には、インドが外国企業の製造物責任に対して厳しい姿勢を維持している背景となっている1984年のボパール事故(アメリカ企業であるユニオン・カーバイトの工場から有毒ガスが漏れ、数千人が死亡し、数万人に健康被害が生じた事故)についても裁判等の資料の調査等を行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究プロジェクトの全体を見通す検討を改めて行い、初年度の基礎的な事実の把握のため、原子力発電所の視察のほか、原子力機器の製造現場の視察も計画した。このうち、前者については九州電力の川内及び玄海の原子力発電所の視察を行うことができたものの、他方、後者については、適切な視察先の選定が遅れ、原子力機器のメーカーとの折衝ルートを上手く見出すこともできず、結局、そのために準備していた旅費等が未消化のままとなった。
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次年度使用額の使用計画 |
2016年度には、インドでの国際原子力法学会(INLA)への参加を軸とし、また、日本原子力学会への参加も予定しているが、これに加えて、2015年度に実施できなかった原子力機器の製造現場の視察を具体的に計画し、実施する予定である。
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