研究課題/領域番号 |
15K03153
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
山下 昇 九州大学, 法学(政治学)研究科(研究院), 教授 (60352118)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 労働時間 / 付加金 / 過労死 / 過労自殺 / 仮眠時間 / 労働委員会 |
研究実績の概要 |
27年度は、日本法を中心として、長時間労働に伴う諸問題と長時間労働の規制手法について研究を行った。長時間労働は、労働者の脳心臓疾患や精神的不調につながるケースが多く、日本の裁判例においても、労災保険の適用(業務上疾病)や安全配慮義務に基づく損害賠償の事案として表面化する。そこで、過労死の事案として、「トラック運転手の内因性疾患死と業務起因性-国・福岡東労基署長事件」(法学セミナー729号131頁)において、慢性的な長時間労働に起因する労災保険の適用問題について検討を行った。 また、長時間労働に起因してうつ病等の精神的不調に罹患する(その結果、自殺(過労自殺)する)ケースも少なくなく、そうした事案は、パワハラ等のハラスメントを伴うこともある。そこで、「長時間労働とパワハラによる医師のうつ病発症・自殺と損害賠償責任-公立八鹿病院組合ほか事件」(法学セミナー732号117頁)において、そうした問題の検討を行うとともに、ハラスメント法理研究会に参加しながら、長時間労働とハラスメントの関係及び法的対応について研究を行い、その成果の一部として、「セクハラ行為を理由とする懲戒と懲戒を理由とする降格-L館事件」(法学教室418号49頁)として公表した。 さらに、長時間労働の一例として、仮眠・休憩時間の労働時間該当性についても研究を行い、「警備員の仮眠・休憩時間の労働時間該当性-ビソー工業事件」(やまぐちの労働595号6頁)で検討し、労働時間該当性の司法判断が難しい場合に、付加金の支払が否定されることがあることを明らかにした。 そのほか、長時間労働やハラスメントの紛争に関して、裁判所以外の紛争解決機関での救済の可能性について、「労働委員会制度の実情と課題」(法律時報88巻3号46頁)で検討を行った。また、中国法については、「中国の解雇法理の研究」(法政研究82巻2・3号313頁)を公表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現在のところ、【研究実績の概要】で示した通り、日本における長時間労働をめぐる法的問題を広く検討し、付加金制度や損害賠償等による金銭的な救済・規制手法について研究を進めている。付加金制度をめぐっては、裁判所(特に高等裁判所レベル)において、付加金の金額を制限する傾向も見られ、また、労働時間該当性の司法判断が難しい場合に、その請求を棄却するケースも見られる。また、控訴審口頭弁論終結時までに、未払金の支払いを履行した場合には、そもそも付加金の支払を裁判所は命じることはできないとする最高裁判例(ホッタ晴信堂薬局事件)が出されたこともあって、裁判所もやや慎重になっていると考えられる。ただし、本研究では、上記最高裁判決を批判的に検討するものであり、今後も、この点の検討を進めていく。 そして、日本法の研究と並行して、具体的な研究成果としては公表していないが、中国と台湾の労働法上の課題について、特にその救済手続きなどに関して調査を進めており、中国や台湾において、必ずしも長時間労働の規制が十分でない状況が明らかになりつつある。そもそも、日本で議論されているような「労働時間」の概念や範囲(例えば、不活動仮眠時間の労働時間該当性)に関する議論が不十分であり、労働時間の規制枠組み自体が未成熟であるともいえる(ただし、今後の2年間の研究でより詳細に検討し、研究内容を公表する予定である)。 一方で、日本の付加金制度のルーツとなっているアメリカ法の研究や、付加金制度を定めた日本の労働基準法と同じ内容の船員法における付加金の立法史的検討は、資料が十分に収集できていないこともあり、当初の予定よりは進んでいないのが現状である。今後は、資料収集及びその検討を進め、研究期間内にこうした課題を明らかにしたい。
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今後の研究の推進方策 |
まず、日本の付加金制度の研究として、【現在までの進捗状況】で触れたように、アメリカ法の研究と船員法の付加金制度の検討を行う。 そして、当初の計画に従い、28年度は中国法の検討を進める予定である。すなわち、現行の労働時間規制は、日本の変形労働時間制度に該当するような制度があるものの、その運用がかなりいい加減であったり(適用対象者が必ずしも明確ではない等)、そもそも労働時間の概念が明らかではなかったりするなど、法規制の内容を形成する一つ一つ規制概念や対象が不明確で、運用が非常に難しいといった問題がある。このことは、結局、労働者への不利益となって顕在化する。そこで、こうした労働時間規制の概念等について明確化するとともに、様々な企業においてどのような運用実態(実際に労働時間とカウントされている時間の内容等)になっているのかを調査するとともに、裁判例の分析を通じて、法律違反の場合の法的効果(割増賃金等)についても検討する。また、第2次産業から第3次産業へのシフトが進む中国において、労働時間・休日・休暇の規制をどのように対応させていくかといった視点からも検討を加える。 また、中国の「賠償金」等の仕組みについても、中国の裁判例等の検討を進める。中国の「賠償金」制度は、未払金に加え、その50~100%の金額について、もともとは労働行政機関が、現在では、裁判所も、命じることができるように法改正がなされ、その点では、日本の付加金制度に類似している。また、中国では、個別的労働紛争の行政的な解決機関としての労働紛争仲裁委員会において、「賠償金」を命じることができる点も踏まえ、紛争解決手続・制度の研究も必要となることから、これらの点についても研究を行う。 29年度は、台湾法の研究を進めるとともに、日本・中国・台湾の制度を比較検討しながら、本研究の総括を行う予定である。
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