本年度は本研究の最終年度にあたる。刑事実体法がその実現を目指す「規範的・政策的な合理性」を,現実の手続を通じて歪みなく実現するために必要となる枠組みを探るという本研究の最終課題につき,前年度までの作業を引き続き進めるとともに,研究の成果として一定の方向性を見出すことに注力した。 (a) 刑事実体法からのアプローチ: 過失判断の「下絵」となる前提事実(「下絵」)として考え得るモデルを提示するという基本方針のもと,いわゆる「特殊過失」の事例を手掛かりに,社会における「制度的なもの」が過失判断に及ぼす影響,とりわけ過失犯の「制度」への従属に伴う「因果関係」判断の特殊化について研究を進めた。また,その一方,マニュアル等が存在せず「制度的なもの」のもとに捉えることができない「緊急」時の問題を手掛かりに,構成要件論と違法論(さらには責任論)を段階的に区別して,過失判断の構造を理解するという思考方法の限界と,過失をめぐる事実認定上の「対話」パターンの整理作業が不可欠であることを明らかにしようとした. (b)刑事手続法からのアプローチ: 刑事過失の訴因を明示・特定するための必要となる記載において,その「下絵」となる前提事実を示すことの意義と,かかる「下絵」のもとに,(当事者の振る舞いをも含め)変化する一連の注意義務内容と,認定すべき注意義務違反行為を事実認定プロセスのうちにどう捉えるべきかという問題につき,異なる時点を切り取って訴因として構成された過失の択一的認定の適否という観点からアプローチし,検討を進めた。また,上記のような事実認定を適切に行うために必要となる公判前整理手続や審理・評議といった具体的な訴訟プロセスについても,やや一般的な観点から検討した。
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