本研究では、被保険者が実質的な契約の決定権者であることを、欧米およびアジア諸国での議論を整理し、比較法的・立法史的に明らかにすることを目的としている。 最終年度では、アジア諸国における、近時の保険法立法の比較法的研究をおこなった。比較法の対象として、100年近い沿革をもつ台湾保険法を中心に検討をおこなった。調査の結果、台湾法をはじめとするアジア諸国の保険立法では、被保険者に保険金受取人の指定・変更権が留保されているばかりか、被保険者による同意の随時の撤回をも認めていた。被保険者中心主義ともいうべき立法であるが、これらアジア諸国においては、被保険者が本来的な保険金請求権者であり、また、人格権の保護、モラル・ハザードを防止する観点からも、実質的な決定権が被保険者に帰属すると解されていることによる。たとえば、被保険者が本来的な保険金請求権者であるとする規定に、台湾保険法では、保険金受取人先死亡における保険金請求権に関する規定がある。保険金受取人の請求権は、保険事故発生時に保険金受取人が生存していることが条件であるが、台湾保険法は、保険事故発生前に保険金受取人が死亡した場合は、請求権は消滅する(110条2項)。保険金受取人の指定なく被保険者が死亡した場合、保険金は被保険者の相続財産となる(113条)。諸外国の立法を見ると、保険金受取人先死亡の保険金請求権については、かつては被保険者に帰属させていたドイツやフランスも、現在は保険契約者に帰属させる立法となっている点と異なっている。 これまでの比較法的・立法史的考察により、生命保険における被保険者が本来的な保険金請求権者かつ実質的な契約の決定権者であることが明らかになった。その後、欧米の立法は契約者中心となったが、アジアでは被保険者中心主義が色濃く残ったといえる。
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