研究課題/領域番号 |
15K03265
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
川出 良枝 東京大学, 法学(政治学)研究科(研究院), 教授 (10265481)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 政治思想史 / ヒューム / モンテスキュー / スタール / 情念 |
研究実績の概要 |
今年度は、研究の初年度であるため、政治と情念という全体の理論的骨組みを確固なものにする作業からはじめた。ハーシュマンによる「情念と利害関心」テーゼの再検討をおこない、申請者がこれまでモンテスキューとルソーについて論じてきた「名誉」や「徳」の概念を批判的に再検討する作業をふまえて、情念を利害関心に置き換える戦略がどういう点に強みを発揮し、どういう点で弱点をもつのかについて見取り図を描いた。ホッブズやカンバーランドをはじめとする自然法論の重要性を確認した。宗教的熱狂に対する批判は、人間の理性能力の再吟味をもたらし、その際、既存の理性観念とは異なる新しい理性観が登場したことについて、あらためて認識を深めた。 当時、fanaticあるいはfanaticism、またviolent passionsなどと呼ばれた概念の意味内容を歴史的文脈に即して確定する作業をおこなった。 申請者にとってはじめて取り組む対象であるヒュームに着手した。初年度は、ヒュームの哲学的情念論(A Treatise of Human Nature, An Enquiry Concerning the Principles of Morals, A Dissertation of the Passions)の分析に専念した。特にその暴力的情念(violent passions)と「温和な情念(calm passions)」の性質および原因についての議論の解明を行った。 フランスについては、ヴォルテールの『哲学書簡』をとりあげ、ブリテンの宗教的多元主義についての彼の考察を分析した。モンテスキューの宗教に対する見解、とりわけ、宗教と専制との関係について、『ペルシア人の手紙』のみならず、『法の精神』第24-25篇のもつ重要な意義を解明した。スタール夫人について、特にその革命観について、コンスタントとの違いを析出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度はケンブリッジ大学において集中的に研究する機会を得たため、積極的に同大学の教員、および同大学が開催するセミナーやシンポジウムに参加した英国・ヨーロッパの研究者との交流をおこなった。資料調査としては、主として、ケンブリッジ大学の本館ならびに諸図書館を利用した。特に、同大学のDunn教授から、デモクラシー論や17世紀イングランドの政治状況について、Robertson教授からヒューム研究の現状ならびに聖書解釈をめぐる論争について、Sonenscher教授からストア派、エピクロス派、キュニコス派など、古代の議論が初期近代においてどう読まれたかについて、それぞれ貴重な助言を得た。ローザンヌ大学のFontana教授と議論する機会もあり、スタール夫人の複雑な思想の評価に関して貴重な助言を得た。当初予定していた全体の概要を一部修正し、さらに充実したものにブラッシュアップした。17世紀イングランドの宗派の教義には相当なバリエーションがあり、それを把握するのにかなりの時間がかかったことは事実である。しかも、やっかいな問題は、ヴォルテールのクエーカー観に代表されるように、それらを18世紀の思想家がどう評価したかについては、偏見やまちがった理解が介在するだけに、慎重な分析が求められることが判明した。宗教というファクターに集中したため、他の要素(戦争や革命)にまで議論が進まなかったのが残念であるが、その分、宗教的熱狂についての正確な理解を得ることができた。 全体の構想をたてる際に判明した知見をもとに、ルソーとカンバーランドについて、それぞれ先行して論文を公刊した。また、基礎作業として、英仏18-19世紀の政治思想史関係図書、英仏政治史関係図書を購入した。
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今後の研究の推進方策 |
初年度の成果を土台に、それぞれのテーマをさらに着実に深めることで研究を推進する。まず、ヒュームについては、原理的な考察を一応完成させることができたため、今後は、政治・社会・歴史についてのヒュームの一連のエッセイ(Essays Moral, political, and Literary)の調査に着手し、ヒュームの哲学的情念論が彼の党派論や聖職者論、またイングランド史論にいかなる関連を有するかについて一定の結論を得たい。他方、モンテスキューの宗教論について、一定の結論を導きたい。その上で、ルソーの政治思想にとってのキリスト教の位置づけ、特に、宗教感情が政治にとって必要であるという発想(いわゆる市民宗教論)について考察する。 フランス革命に対するスタールの批判について、Sonenscher教授、Jaume教授の研究協力の下、とりわけ重要な初期の著作『革命を終息させうる現下の情勢』(Des Circonstances actuelles qui peuvent achever la Revolution)を分析する。他方、スタールにはルソーからの強い影響もあり、モンテスキューやヒュームとは商業や文明社会についての見方にかなりの差異がある。背景となったフランス革命、および、ナポレオン帝政期にいたる時期のフランスの政治思想について研究を進め、『ドイツ論』『フランス革命文明論』なども含めたスタールの政治思想の特質を明らかにする。 研究を推進するため、引き続き資料を購入し、また、研究会を開催する。また、イギリスおよびフランスへの出張を計画している。大英図書館、ケンブリッジ大学図書館、ボードリアン図書館、フランス国立図書館などでの資料調査をおこなうとともに、英仏の専門家と積極的にコンタクトをとり、議論を通して研究の可能性と精度を広げることにより、一層の研究の推進をめざす。
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次年度使用額が生じた理由 |
資料収集のために発注していた図書が、日本への入荷の遅れのため未使用額となった。
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次年度使用額の使用計画 |
未使用額は、平成28年度における図書購入の代金に充当する。
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