研究課題/領域番号 |
15K03280
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研究機関 | 名古屋市立大学 |
研究代表者 |
伊藤 恭彦 名古屋市立大学, 大学院人間文化研究科, 教授 (30223192)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 租税 / 正義 / 分配的正義 / 財政的正義 / 人間の尊厳 / 市場社会 / 租税根拠論 / 社会契約 |
研究実績の概要 |
平成28年度は本研究の中心的部分である、新たな租税根拠論の規範論的な探求を行った。租税法学や租税理論において租税根拠論は、利益説と義務説の対抗関係の中で議論が進んできた。本研究では利益説と義務説がどちらも租税根拠論として不十分であり、社会契約論の知見を使い、租税根拠論を明確にすることを試みた。昨年度の研究でカントの人間の尊厳論を租税根拠論に結びつける可能性を見出したが、28年度はそれをさらに一歩進めた。すなわち市場社会で生きる個人は市場の作用によって尊厳ある生活を破壊される可能性にさらされており、自らの尊厳が守られる権利と他者の尊厳を守る義務を実現するための制度として政府を樹立すると理論的に考えられる。尊厳の相互保障の制度として政府を捉えた時、租税は尊厳を守る制度維持のための費用と理解することが可能になる。すなわち租税は政府からの利益の対価でも政府がもつ徴税権に対する義務でもなく、尊厳ある生活を維持する権利と義務を社会大で実現するための費用(対価)と捉えることができる。 以上の知見をもとにするならば、租税は人間の尊厳を維持するために使われなくてはならないことになる。ただし尊厳ある生活がどのようなものであるかについて、価値が多元化した社会で統一した見解に到達することは不可能に近い。そこで租税を尊厳維持のためにではなく、尊厳損傷回避のために使うべきとの見地に到達できる。具体的には尊厳を損傷する社会的格差の是正、貧困の除去、人間の尊厳を実現する行為への減税、逆の行為への増税が政策指針として挙げることができる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は現代正義論の知見を応用し、新たな租税根拠論を解明し、同時に租税政策を導く規範原理の明らかにすることを目的としている。平成28年度の研究では、本研究の最も重要な骨格となる租税根拠論を提示することができた。 本研究の最終的な研究成果は広く国民に租税の根拠や租税の役割を再考してもらう知見として提示したいと考えており、具体的には研究書の形での公刊を構想している。今年度は研究成果をこのように発信するための論文(出版原稿)の執筆にも多くの時間を割いた。その結果、予定している出版物のおおよそ半分まで完成することができた。当初の計画通り順調に進捗しており、予定通りの研究成果発信ができると思われる。
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今後の研究の推進方策 |
平成28年度までの研究成果を踏まえ、以下の2点について研究を進め、租税根拠論と租税政策を導く規範の解明を行いたい。一つは「租税回避」に関わる租税倫理の検討である。平成28年度までの研究成果である新たな租税根拠論からすると、個々の納税者の納税行為はどのように位置づけられ、そこからの逸脱(特に租税回避のような明確な法令違反とは言えない行為)がどのような問題性をもつかを検討したい。もう一つはグローバルな税制の研究である。グローバリゼーションは世界規模での市場形成を進めているが、それにより人間の尊厳破壊も大きく拡がっている。これを回避するための租税の規範的な可能性について、実際に導入されているグローバル・タックスやグローバルなタックス・レジームの動向を踏まえ検討したい。 平成28年度までの研究成果と今年度の研究成果を結びつけ、研究書として社会に発信する予定である。
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