研究課題/領域番号 |
15K03282
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研究機関 | 作新学院大学 |
研究代表者 |
荒木 宏 作新学院大学, 経営学部, 教授 (50337424)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 縮減の政治 / 年金改革 / 年金レジーム / 経路依存性 / 公-私の政策変容 |
研究実績の概要 |
年金制度は制度運営や政治的決断あるいは利害対立の帰結として成立し、各国の年金の制度設計はその歴史的発展過程の経路に大きく依存(経路依存性)している。そのため年金制度は国ごとに異なるが、1980年代以降に共通してみられた政治過程が「縮減の政治」である。高齢社会が急速に進展する中、長期的な年金財政の安定化の方策として、各国は年金財政の縮減を図っている。しかし年金財政の縮減は不人気であるがゆえ、縮減の政策形成過程においては非難を回避する必要がある。本研究の目的は、各国において共通してみられた「縮減の政治」という政策過程が、各国の異なる年金体制の下でいかに実施され、いかなる政策的帰結を導いたのか比較検討することである。 研究の初年度である平成27年度は、主要な先進諸国における年金体制の諸類型の特徴について考察した。年金制度は一般的に「ビスマルク型」と「ベヴァリッジ型」に分類される。ビスマルク型は職域別に制度が分化し複雑化しているため縮減による制度改革は容易ではなくまた非難回避も難しい。これに対し、ベヴァリッジ型の場合、公的年金の給付は最低保障で支出が低くまたこれに対し付加年金や私的年金が発達しているため、非難回避が容易であり縮減の政策も行いやすい。しかしながら1990年代以降、ビスマルク型ではみなし掛け金建て方式(NDC)の導入による経路離脱が見られ、またベヴァリッジ型では貧困や格差などのリスクが顕在化している。そこで次年度では、このような経路離脱という年金体制の経路依存性の変容や縮減政策によるリスクの顕在化について、日本、スウェーデン、イギリスそしてドイツの年金体制を事例に分析し、「縮減の政治」の政策的帰結と課題について考察する。 なお、平成27年度の研究の一部を論文にまとめ、2016年10月に開催される学会(年次研究報告)で発表する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の主要な目的は、1980年代以降、各国において共通してみられた「縮減の政治」という政治過程が、それぞれ異なる年金体制の下でいかに実施され、いかなる政策的帰結を導いたのか比較検討することである。 平成27年度(初年度)では、「縮減の政治」の議論(新制度論)および年金体制の諸類型と経路依存性について考察した。まず「縮減の政治」の理論ついて、その理論の代表的な論者であり、1990年代に論文を発表したポール・ピアソンの分析枠組みを再考し、またそれ以後の縮減理論の議論に関する文献のレビューを行った。次に年金体制の類型については、まずエスピン=アンデルセンの福祉国家レジームの3類型について再考し、そこから派生した福祉国家レジーム論の諸説に関する文献をレビューした。そして福祉国家レジーム論を参考とした年金体制の類型について、まず「ビスマルク型」と「ベヴァリッジ型」の2類型を比較し、さらにそれから派生した6類型の年金体制の特徴について考察した。年金体制と経路依存性の関係については、関連する文献のレビューを行なったが、さらなる調査と分析が必要であるため、次年度では、日本、イギリス、スウェーデンそしてドイツの年金改革を事例に、各国の主要な年金改革に関する議事録、諮問書(CP)、諮問機関や年金関連団体の意見書などの一次資料を収集し、政策形成過程や政策変容の分析を行い、各国の年金体制における経路依存性について考察する予定である。
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今後の研究の推進方策 |
「縮減の政治」の政策的帰結と課題について各国の年金制度改革を事例に分析することが本研究の目的である。公的年金の財政を安定化させる方策として、給付額の低減や給付開始年齢の引き上げ、新たな報酬比例付加年金の創設、公的年金の縮減に対する私的年金の拡充などの改革が行われ、また非難回避の行動がみられている。さらにこの縮減政策は各国における年金体制の経路依存性や時の政治的力学に影響を受けている。今後の研究の推進の方策として、「縮減の政治」の政策的帰結と課題について以下の2点に焦点をあて検証することとする。第1に、「縮減の政治」によるリスクの顕在化について、公的年金制度における所得再分配機能と年金体制との関係について考察する。OECDやLISの所得調査データを参考に、各国における所得再分配機能効果の相違を検証し、さまざまな年金体制における所得再配分の効果の違いについて比較検討する。第2に、公的年金の財政の安定化を図る縮減政策と、その縮減に対する「補完的」制度としての私的年金の役割について考察する。税制上の優遇措置や規制緩和政策によるNDC(みなし掛け金建て)制度の導入や企業・個人年金などの私的年金の拡充は、公的年金の財源の縮減や安定化を図ることを可能にするが、経済状況によっては企業年金基金の財政悪化や巨額な基金の損失が生じる場合があり、そのため政府は再び法の規制や監視の強化し、私的年金分野に介入しコントロールするというパラドックス(縮減の政治の逆機能効果)に陥る可能性がある。以上の2点に焦点をあて、年金体制における「公-私」の政策変容について分析し、「縮減の政治」の政策的帰結と課題について考察することとする。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究は、各国における年金制度改革における政策思考やデータ(人口統計、就業形態、格差、所得再分配など)を分析することが主な目的の1つであるが、そのためには、議事録、諮問機関や関連組織の意見書などの一次資料や上記のデータを現地にて収集する必要がある。現地調査は当初、平成27年度(年次計画では平成27年度後半から平成28年度にかけて現地での調査を行う計画と記載)に実施する予定であったが、夏期における航空運賃の異常な高騰により断念し、平成28年度に延期することとした。そのため平成27年度に計上した現地調査の費用分が次年度の使用額として生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
平成28年度に、政策思考に関する資料およびデータを現地の公文書館、行政機関、公立図書館にて収集する予定である。
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