本研究課題は、トルコのEU加盟交渉の停滞と中東地域での「アラブの春」へのEUの無力な対応に触発されて、EU統合における宗教の位置づけを[世俗主義]に立った政策を通して解明することを目的に設定した。問題意識の根底には、2009年に発効した「リスボン条約」の前文と第17条に、EU設立条約において初めての「宗教」が書き込まれたことがある。当該条約の宗教への言及は、EUの「価値」への息吹を与えたヨーロッパの伝統の源泉という捉え方である。一方で、研究期間の3年間で、トルコ国内の民主性の後退と「アラブの春」以降の中東国家の再権威主義化とシリア内戦の激化という政治的かつ社会的不安定化が起こり、大量の難民がEUへ流入する事態となり、人権保護の実践や国家の安全保障などが、現実的にも学術的にも喫緊の課題となった。こうした現実問題に対峙して、EU統合における宗教の位置づけが根源的課題として残ることが一層明白になったと認識している。 この様な状況の展開を背景に、研究上の関心は、EU域内における宗教政策や宗教関連事項の争点分析から、世俗化の進展として理解されている欧州近代国家とそれらの国家の統合体であり、人権や民主主義等の価値を重視する地域統合体としてのEUにとって、宗教の位置づけはどのようなものとなりうるか、へとシフトした。裏返していえば、EUの加盟国で多様な制度化をとる世俗主義は、EUレベルでの実践は果たして可能かという問題である。 最終年度で得た結論は、経済的機能性によって構築された地域統合体としてのEUの成功は法治主義に支えられているが、宗教関連事項はEU法の権限になく、また、「EUの宗教」ではなく各国の伝統が多様に存在するだけである。即ち、EU独自の伝統が未だ不在の中での「世俗主義」とは、EU法による信条の自由や基本的人権の保障にならざるを得ないが、EUの人権政策の施行も構築途上である。
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