本研究は、紛争後の社会で、移行期正義の枠組みにおいて実施が試みられる、社会的・経済的正義に焦点をあてる。具体的には、歴史的不正義の是正が移行期正義の取り組むべき課題として和平合意に規定された、アチェとミンダナオの二つの事例を取り上げ、導入された/検討されている移行期正義の制度を比較検討するものである。 研究最終年度の2018年度は、ミンダナオの和平プロセスが大きく前進したため、同事例調査研究に集中して取り組んだ。ミンダナオ島では分離独立を求めるイスラム教徒の反政府武装勢力と政府軍との間で長期に渡る低強度紛争が継続されていたが、2014年包括的和平合意が締結され、自治政府樹立のための「バンサモロ組織法」が2018年7月に成立した。2019年2月に住民投票によって同法が承認されたのを受け、2022年の自治政府の樹立を視野に、バンサモロ暫定政府が設立された。ミンダナオ紛争の移行期正義については、2014年に移行期正義和解委員会(TJRC)が設置され報告書を公表しているが、自治政府の設立を前に同委員会の勧告をいかに実施するのかが一つの争点となっている。 研究代表者は、バンサモロ組織法成立直後の2018年8月と住民投票後の2019年2月にフィリピンで現地調査を行った。現地では、反政府側・政府側双方の和平プロセス関係者に加えTJRCの関係者らからも聞き取りを行った。調査結果からは、関係者らは、ミンダナオ紛争の移行期正義は懲罰的正義を回避し、開発や経済成長による賠償的正義に重きを置くべきだという考えを総じて持っており、紛争の影響を受け、長期間経済発展から取り残されていた地域全体の底上げの重要性が語られた。 研究代表者は、ミンダナオやSSRの専門家であるフィリピン人研究者を大学に招聘し、研究会を開催した。研究成果は、2018年12月の人間の安全保障学会で報告したほか、2019年6月に開催される平和学会の部会報告にも採択されている。
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