最終年度は、前年度から引き続き、国立国会図書館が公開している米国議会図書館所蔵の「内務省検閲発禁図書」約1300点の調査に取り組んだ。資料が膨大なため調査方法を再検討し、調査対象のマルクス主義関連図書を約600点に絞り込んでリスト化し、検閲の痕跡のチェックや部分的な複写を終えた。これらは研究の基礎資料として作成した。 この調査から、検閲官が使用した「検閲正本」と、実際の検閲作業には使用されなかった「検閲副本」の両者が入り混じっていることを予想通り確認した。「正本」の印から「検閲正本」と断定できるものもあれば、印はないが検閲官の書き込みから「検閲正本」と推定されるものもある。こうした検閲の痕跡の多寡は資料によって大きく異なる。 検閲の痕跡から、「処分」と「不問」(処分なし)とのあいだの微妙な線引きを伺い知ることができた。今後は検閲官の判断如何を、書き込み等の痕跡から追跡・検証することも可能であろう。こうした研究は一部の文学分野でしかなされておらず、マルクス主義普及史研究としての本研究課題の独自性である。 その他の本研究課題全体での主な成果としては、内務省で秘密資料(部内資料)として編集された『出版警察報』(1928-1944年、月刊)に掲載 された「差押え成績表」のデータベース化である。「差押え成績表」は、発売頒布禁止処分等を受けた出版物のうちの「主たるもの」について発行部数および差押え部数を調査、記録した表である。この「表」の研究史における意義は、発禁処分の実効性が官憲資料により数値で判明することである。マルクス主義の出版物は、例え発禁となっても諸種の手段で流通していくことがあったことは当事者の回想で語られてきた。それを(すべてではないが)出版物のタイトルごとに客観的な数値で把握することができる。検閲体制の実態解明に寄与しうるデータベースであると考える。
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