今年度は二種類の研究に従事した。一つは、カール・メンガーの兄にあたるマックス・メンガーの政治経済思想の検討である。主としてオーストリア国立図書館で資料の収集にあたった。メンガー家は、上から、マックス、カール、アントンと続き、それらの政治経済思想の比較は考察に値している。なお、カールの経済思想はオーストリア学派の礎を形づくったものだが、そうであるにもかかわらず、私は彼の思想はドイツ経済思想のなかに位置づけられると考えている。
今一つは、福澤諭吉の政治経済思想の検討である。すでに口頭では報告しているが、これを活字化した。すでに明らかにしたように、福澤がアメリカから招聘したギャレット・ドロッパーズは、ドイツ経済思想の影響を強く受けており、これは彼が慶應義塾で行った財政学の講義にも反映されている。ドロッパーズについて報告したさいに、しばしば、「その経済思想について、福澤はどう考えていたのか」、あるいは「福澤の政治経済思想とドロッパーズのそれとはかなり異なるようだが、福澤にとってそれは問題ではなかったのか」という質問をいただいた。今回活字化した論考は、それらの質問にたいする一応の回答となる。検討したのは、『学問のすゝめ』にとどまるが、このベストセラーにかんする限り、ドイツ経済思想の影響はなく、通説通り、福澤は英米の経済思想の影響下にあったというのが正しい。同著における福澤はしばしば指摘されるように、フランシス・ウェーランドの影響下にあり、ドイツ経済思想の影響をそこに読み取ることは困難である。
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