研究課題/領域番号 |
15K03418
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研究機関 | 一橋大学 |
研究代表者 |
塩路 悦朗 一橋大学, 大学院経済学研究科, 教授 (50301180)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | マクロ経済学 / 金融政策 / ゼロ金利 / 量的緩和 / 銀行行動 / パネルデータ / 時系列分析 / 失われた20年 |
研究実績の概要 |
平成27年度はまず研究の基礎となるデータセットを構築した。これは所属大学にてオンラインで利用可能な「日経Financial Quest」所収の銀行財務諸表データを加工することによって行われた。第1に、銀行ごとに毎年度末の法定所要準備額と超過準備額を推定した。類似の作業を行った先行研究が1990年代以降を対象としたのに対し、1970年代半ばまで遡る推定結果を得た点が大きな貢献である。第2に、銀行貸出、有価証券(国債・地方債など)保有等に関してもデータを整理した。特筆すべきは、銀行単体ベースの年度別データに加えて、連結ベースの情報を使って半期ごとのデータベースを構築したことである。期間を短く取ることで、政策に対する銀行の反応をより精確にとらえることができると期待される。特に、質的・量的金融緩和政策のように、開始されてから日の浅い政策の効果を評価する場合、年度ベースでは充分なサンプル数が確保できない。 以上のように整備されたパネルデータを用いて、銀行準備(日銀当座預金)増加に直面した銀行がその後どのように反応するかを分析した。通常の固定効果モデルによる分析では説明変数の内生性等の問題に対処できないため、一般化積率法、その中でも階差GMMと呼ばれる手法を、改良を加えたうえで、応用した。この分析により、ゼロ金利以前とゼロ金利下の銀行行動の違いが明らかになった。分析の成果は「ゼロ金利下における日本の信用創造」と題する論文にまとめた。 同論文をまず日本経済学会2015年度春季大会(新潟大学)石川賞受賞講演で報告し、出席者から高い評価を得た。その後、同論文をSWET2015、一橋大学商学研究科金融研究会、慶應義塾大学マクロ経済学ワークショップで発表した。また日本金融学会2016年度春季大会(5月、武蔵大学)でも報告予定である。最終稿は『現代経済学の潮流2016』に掲載されることが決まっている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
銀行財務諸表データを用いた、量的緩和政策が銀行貸出に与える影響に関する分析が予想以上に順調に進行し、その成果を早い段階で論文の形にまとめることができた。同論文を日本経済学会2015年度春季大会(新潟大学)石川賞受賞講演で報告した。この論文の改訂版は厳しい査読と数度の改訂を経たうえで『現代経済学の潮流2016』への掲載がすでに採択されている。また上記のように、同論文をいくつかの研究会・学会で報告ずみあるいは報告予定である。研究計画の初年度である平成27年度からこのように具体的な成果を得ることができたのは、当初の想定を上回る進展であった。 上記研究では、当初の予想に反して、日銀当座預金の増加を受けた銀行が貸出を増加させることが明らかにされた。それだけではなく、その効果に銀行間で異質性があること、特に財務体質の弱い銀行が強く反応することが明らかになった。これらの分析結果を理論的に考察した結果、銀行間短期金融市場において市場の分断が発生しており、一部の金融機関が割り当てを受けているためにこのような現象が生じている可能性が高いことが明らかになった。こうした考察は今後の研究方針を定めるうえで重要な指針を提供してくれるはずである。 なお、同研究を発展させた英語論文の第1稿を完成済みである。これは2016年5月に韓国の高麗大学の研究会で、同8月にはEconometric SocietyのAsia Meeting(京都)にて報告する予定である。 以上の研究と並行して、日銀の2013年4月以降の質的・量的緩和政策のもとで金融政策効果がどのように変容したかに関する研究を進め、設備投資研究所のアカデミック・セミナーにおいて初期の研究成果を報告することができた。同研究テーマは政策担当者からの関心も強く、平成28年度における中核的な研究の1つとして引き続き取り組む予定である。
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今後の研究の推進方策 |
平成28年度は、質的・量的緩和政策のもとで、日銀当座預金残高の増加が銀行行動にもたらした変化に関する研究をさらに深化させる。同政策のもとで金融市場に生じた大きな変化の一つは、短期市場金利がしばしば準備預金に付される金利(付利)を下回るという現象が観察されるようになったことである。これは金融市場において、準備預金にコストゼロでアクセスできる金融機関とそうでない機関の間で分断が発生している可能性を示唆している。この可能性を同政策のもとでの金融機関のパネルデータをもとに検証する。また、上で述べたように、2013年以前の量的緩和政策の効果を考察する上でも、市場分断仮説は大きな役割を果たすと考えられる。この点についても、問題関心の近い研究者との議論を進めながら、理論的考察を深める。 一方で、時系列分析の手法を用いた研究も進める。平成27年度においては、標準的な共和分の手法を用い、サンプル期間をゼロ金利導入以前と以後に分けて分析することで、金融政策効果の構造変化の有無を検証した。それに対し平成28年度は、近年発展が著しい新しい計量経済分析手法を利用した実証研究を展開する。また、パネルデータVARモデルに係数の時間変化を取り入れた新たな分析手法に関する理解を深め、本研究課題への応用可能性を検討する。 これらの作業と並行して、平成27年度の研究成果をさらに発展させた形で英語論文を執筆して、国内外で広く発表の機会を求め、そこで得られた助言をもとに最終稿をまとめて国際的査読付学術誌に投稿する。 平成29年度においては、28年度の研究を発展させたうえで成果をまとめ、国内外で報告したうえで最終稿を国際的学術誌に投稿する。また、パネルデータVARモデルによる研究を進めて論文の形にする。さらに、これまでの実証分析の成果を反映した新たなマクロモデル(動学的一般均衡モデル)を開発し、その成果も論文にまとめる。
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次年度使用額が生じた理由 |
年度当初計画では平成27年度内に想定していた国内研究者の招へいを平成28年度初頭に行うことになったのが1つの理由である。また、年度当初は年度内の更新を想定していた一部のパソコン周辺機器が、メインテナンス努力によって年度を通して何とか使用可能になった。謝金によって大学院生をリサーチアシスタントとして雇用することを想定していたが、専門分野の近い大学院生が偶然にも全員多忙な時期と重なり、募集が不調に終わった。
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次年度使用額の使用計画 |
すでに平成28年度初頭に国内研究者を招へいし、関連する支出が行われた。パソコン周辺機器も老朽化してきたので更新する。新年度に入り、関連分野を専攻する博士課程大学院生が増えたので、彼らの中からリサーチアシスタントを雇用し、データセットの更新を行う。
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