現在まで大学の知識移転の分析では産学の研究上の連携について非常に多数の研究が行われている。しかしながら、Stephan (2012)等でその重要性が指摘されているにもかかわらず、博士課程修了者の採用を通じた知識移転の効果やその重要性に着目した研究はほとんど行われていない。本研究では大学院教育を受け、その後発明者となった企業内研究者がその教育水準によってどの程度生産性や発明プロセスに違いが出ているのかを実証的に明らかにする。平成20年度は平成19年度に行った分析の問題点を整理・検討し、因果関係の推定において不十分な個所を修正する作業を行った。具体的には、もともと優秀な学生が大学院に進学する(あるいは日本の場合には、優秀ではない学生が大学院に進学する)という偏った能力保持者の大学院進学をコントロールするために、操作変数として大学院進学時の景気状況を用いることとした。一般的に景気状況が悪い場合には就職機会を延期するために大学院進学率が高まることが想定されるが、本研究の推計では、それを裏付ける結果が定量的に明確に示された。このような大学院進学時の景気状況がその後の発明者の生産性に影響を与える効果は①大学院進学の有無によらず、企業内研究者が追加的に教育期間を延長したことによる効果と②大学院進学によって新たに企業内研究者となるという2つの経路が想定される。本年度の研究では、この点を明確に示したうえで①の大学院進学の有無にかかわらず企業内研究者となったであろう学生があえて大学院進学を選んだ場合の効果を推計した。結果では、大学院の進学は、彼らの発明生産性を10~14%高めるだけではなく、科学論文の引用や発明の一般性を高めるなど、探索的な研究をする傾向がみられるという結果を得た。
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