研究課題/領域番号 |
15K03549
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
和田 賢治 慶應義塾大学, 商学部(三田), 教授 (30317325)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 債券価格 / 動的確率的一般均衡モデル / 金融政策 / 価格硬直性 / イールド / 保有期間利回り |
研究実績の概要 |
マクロ経済学の分野においては、実質の硬直性並びに名目価格の硬直性を考慮するモデルが1980年代に誕生している。そしてこれらのモデルの金融資産市場に与える影響の分析も様々な角度からなされている。しかしそれらの分析は、主として株式市場が対象であり、債券市場に対する分析はほとんどなされてきていないのが現状である。翻って、近年日本やアメリカにおいて、中央銀行における自国の国債の購入量が急速に拡大している。また日本においては国債発行残高が増加しており、国債発行残高/GDP比率も増加している。このような現状を背景として、動的確率的一般均衡モデルを用いて、金融政策の債券価格への影響に関する理論モデルを構築し、実証分析するのが当研究の目的である。 本年度は7月に共著者のParantap BASU教授を招聘し、1)基本的モデルの検討、2)基本的モデルの実証、3)基本的モデルの拡張を検討した。その結果以下の結果を得た。Gali(2015)の第三章の標準的なモデルを、金融政策の債券価格への影響を分析するため拡張した。市場は、財、労働、債券市場の3市場存在する。名目価格の硬直性は、Calvo(1983)における最終財市場の価格の部分調整モデルを用いた。金融政策は、中央銀行がより高いインフレーションや正の生産性成長率に対して、金利を上昇させるという金利政策によりモデル化した。ショックについては、生産性ショックと金融政策ショックを導入した。そしてDynareを用いて厳密な動的モデルをシミュレーションした。また観測可能な変数である1)日本のGDP、2)日本政府支出、3)金利の3変数を用いて同一のモデルをDynareを用いて推定した。後者の推定したモデルを用いて1)債券のイールド、2)債券の保有期間利回りを予測した。推定したモデルの債券のイールドに対する予測力は定性的には一定の評価ができる値であった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現在までに、標準的ではあるが簡素的なGali(2015)モデルを用いた債券価格のモデルに関して、1)モデル推定にインプットとして必要なマクロ経済変数の収集及び加工、2)モデルからアウトプットとして推定される変数に対応する、債券データの加工、3)厳密なモデルのシミュレーション及び推定モデルからの予測、4)推定モデルからの予測値と、それに対応する観測されたデータの比較が終了している。 具体的には、1)GDPやインフレーション、政府最終消費支出等のマクロデータの収集及びHodrick-Prescott filterなど様々なフィルターを用いた加工、 2)菊池-新谷(2013)の公開データを元に、0.5年から四半期毎に20年までの国債イールド、0.75年から四半期毎に20年までの国債価格、0.75年から四半期毎に20年までの国債保有期間利回りの算出、3)価格硬直性や政府負債/GDP比率などのパラメーターを変えた場合毎の推定結果の導出、4)様々なパラメーターの組み合わせ毎に、モデルから導かれる変数間の相関係数の導出及びモデルから推定される実質保有期間利回りの2次のモーメントと観測される2次のモーメントの比較が終了している。 一例をあげると、5年満期の債券の3ヶ月の保有期間利回りの2次のモーメントの観測値は0.010だが、推定値は0.0082であり観測値と推定値は近いが、20年満期のものについては観測値が0.042、推定値が0.007と両者には大きな開きがある。研究代表者の知る限り、動的確率的一般均衡モデルを用いて、2000年以降の日本の債券の保有期間利回りを推定し、現実の観測値と比較検討した実証研究は当研究が初めてである。その点において、当研究は現時点において貢献がある。しかし、モデルからの推定値と現実の観測値に差がある点が現時点での課題である。
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今後の研究の推進方策 |
当研究は動的確率的一般均衡モデルを用いて、金融政策の債券価格への影響に関する理論モデルを構築し、実証研究を行う事が目的である。その際、既存研究では株価や金利に対する分析が広範に行われてきた一方、債券価格(割引債やさらにはクーポン債)に対する明示的な分析がほとんどなされてきていなかった事を研究の出発点としている。そのため債券価格のモデル化に焦点をあて、イールドや保有期間利回りの導出及びその推定値と観測値の差の評価を主眼としてきた。 しかし研究2年目になって、日本銀行は2016年1月には、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入を決定し、2016年9月には、さらに「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の導入を決定している。ちなみに研究申請時においては、2013年4月導入の「量的・質的金融緩和」が金融政策の基礎であった。この劇的な金融政策の変化を受け、どこまでより現実に近いモデル化ができるか現時点では不明であるが、今年度は金融政策のモデル化の変更を検討する。また外生的ショックが2種類という簡素すぎる点を改善し、さらにいくつかのショックを導入するためモデルを拡張する。具体的には確率的な預金引き出しリスクに直面する銀行部門を加える。銀行は企業に貸し出しを行い、準備預金を持ち、国債を保有する。この準備預金に対する金利をモデル化することによりマイナス金利のモデル化を試みる。この結果、より現実に近い形で拡張されたモデルから推定される変数の値と、現実に観測される変数の値の差が縮小するかどうかが課題である。 上記の作業には共著者のBASU教授との集中的な研究が必要なため、春から事前にモデルの拡張についてskype等で討論し準備を進めた上で、秋に日本に訪問予定のBASU教授と集中的に研究をおこなう予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
その他の経費が予定額よりわずかに少なかったため53円次年度使用額が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
複写費等で使い切る予定である。
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