研究課題/領域番号 |
15K03627
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
井上 達彦 早稲田大学, 商学学術院, 教授 (40296281)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 組織学習 / 模倣的学習 / 実践共同体 / イノベーション / 技能伝承 |
研究実績の概要 |
研究の実績は、(1)基本フレームワークの構築、(2)基本仮説の導出、ならびに(3)パイロット調査の実績という3点に要約できる。 (1)基本フレームワーク アナロジーの研究蓄積に基づき「抽象と具体の往復運動」という視点から基本フレームワークを構築した。模倣によって学習を深めてイノベーションを引き起こすためには抽象的な思考だけでも、具体的な事例だけでも不十分である。アナロジーの研究においても抽象化を行った上で類推することが推奨されている。具体と抽象を何度も行き来することによって、異業種からの模倣が可能になるという考えを基本フレームワークとして定めた。 (2) 基本仮説の導出 相互に模倣を促す上で指導者は学習者に何を意識させるべきなのか。初心者に対しては個別具体的なことを徹底的に意識させ、事例を深く理解させる必要がある。中級者に対しては具体と抽象の双方を意識させて、自分の向上に持ち込めるように、原理を実践によって理解させるのがよい。ベテランに対しては自分の世界への模倣を実現するために、抽象的な言及で気づきを導き、原理を深く理解させるので十分である。習熟度によって意識すべき点や意識させるべき点が異なるという仮説を導いた。 (3)パイロット調査の実施 これらの仮説の妥当性を確かめるためにNPSニュースという団体内の刊行物における指導内容の言及頻度分析を行った。指導者の代表を務める実践委員長のコメントをテキストデータ化して、その内容を言及頻度分析によって解析した。あくまでパイロット調査として行ったため、コード化の分類方法は暫定的なものであり、データ数も不足している。しかし今後同様のアプローチで研究を進めてもよいという感触を得ることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画に従い、1年半にわたって現場観察によって模倣による相互学習のプロセスを観察してきた結果、貴重な知見を得ることができた。しかしその一方で、観察調査の限界も明らかになった。入会して間のない初心者の会員企業と、NPS研究会発足時から取り組んでいる熟練とでは異なる傾向があるということがインタビューから示唆されたのである。つまり2~3年のタイムスパンでは観測しえないような変化が生じる可能性が示唆された。 そこで、当該年度(H28)では追加的な調査として、NPS内の定期刊行雑誌のテキストデータを分析することにした。アナロジーによる学習の方法をレビューして参照し、抽象化して構造的類似性を見出すことの大切さ、抽象と具象の往復運動がカギを握るという見解で先行研究を洗い直した。その上で次のような調査課題を設定した。すなわち、アナロジーを実践している共同体では、どのように学習プロセスが進むのか。また、初期の段階では何を意識するのか/意識させれば良いのか。そして、後期の段階では何を意識するのか/意識させれば良いのか。 また、実践が伴うとことによってどのような効果が期待できるのか。実践共同体としての性質を踏まえながら考察を深めた。 現場観察とインタビューによる横断的な調査に、定期刊行誌による継時的な調査を加えることによって、より俯瞰的な分析が可能になる。追加的な分析によって、模倣学習の在り方や相互模倣において学習を促すための知見が得られるという感触がつかめた。 テキストマイニングについては、筆者は十分な知識と経験を持ち合わせていないので、大阪学院大学の喜田昌樹教授の協力を得て、プロセスをデザインし、共同で分析を行った。また、作業負担も大きくなったので、早稲田大学の大学院生たちとともにテキストデータの入力、相互コーディング(クロスチェック)、ならびに解析を行った。
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今後の研究の推進方策 |
今後、NPSニュースの分析をより精緻な形で進める予定である。当該年度(H28)に行ったのは、パイロット調査にすぎない。今後は、分析の枠組みをより精緻な形にする。仮説も基本的なものだけではなく、相互模倣のメカニズムを解明するようなものに発展させるつもりである。また参照すべき理論についても再確認し、論理を確立して体系化していく必要がある。 とくに、パイロット調査において抽出されたことばの抽象と具象への分類は、暫定的なものであった。トヨタ生産システムについての文献をより広範に探すと共に、インタビューなどからより多様な見解を紡ぎ出し、その共通部分を見出してより妥当な分類枠組みを構築する必要がある。 データについても、パイロット調査ではすべてのデータを入力していなかった。今後は入力しうるデータはすべて追加してより完全なデータベースを構築していきたい。 コーディングについても、より精緻なクロスチェックを行い一致度を計算するつもりである。分析についても、記述統計や単純なクロス分析をしっかりと行った上で、基本仮説の検証を多面的に行う予定である。 今後はパイロット調査で得られた知見をもとに、分析の枠組みを精緻化して仮説の一層の体系化を図り、分類の枠組みについての妥当性を高め、コーディングのクロスチェックをより厳格にし、より高度な解析を行うつもりである。そのためにも、より充実した研究チームを編成し、研究を進めていく予定である。
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