最終年度は研究成果をまとめて公表することを主な活動とした。史料の整理、量的分析、質的分析から明らかになった成果は、(1)オランダも日本も戦後深刻な住宅不足を経験し、産業の輸出競争力を強める政策を採用したが、住宅政策の違いにより両国の社会住宅の実態は大きく異なるものとなった。オランダでは住宅全体に占める社会住宅のシェアが多く、人々のスティグマは弱い。その歴史的な背景としてキリスト教的博愛主義、労働運動とオランダ特有の政治的合意システム(柱状社会~ポルダーモデル)が大きな意味を持つ「経路依存性」を見出すことができる。このような歴史的文化的背景だけではなく、地理的要因も無視できない重要な要因である。(2)1970年代以降には住宅の量的不足が解消したため、両国とも住宅市場の自由化が進んだ。1980年代のワッセナー合意以降、オランダでは雇用の自由化が進んだが、社会住宅は依然として子育て期の家族のセーフティーネットとして機能している。住宅市場の自由化が個人のライフチャンスに及ぼす影響については、分析をもとに当初の仮説を見直すことができ、理論的に大きな前進があった。社会住宅に関する研究は少なく、英語およびオランダ語の史料や調査によって最新の動向や人々の受け止め方を明らかにした点に本研究の意義がある。人口減少が進む日本における社会保障のあり方にとっても重要な示唆に富むといえよう。経済のグローバル化と住宅、女性の経済的役割の変化と住宅といった新たな視座も得られたので、今後成果を公表したい。 一昨年度につづき、昨年度もインタビューや参与観察を行った。対象者の選定やコンタクトは多大な労力を要したが、これらの質的調査は研究全体を解釈するうえで大きく寄与した。研究成果は論文と学会発表のほか、ワークショップ、公開講座、授業を通してより広い社会への還元に努めた。書籍も執筆中である。
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