今までの認知症に関する研究では、当事者の視点からの研究が十分に行われてこなかった。それはまず、ひとえに誰も皆が「認知症になると何もわからない、何もできない」、「自分が『認知症』の自覚がない」という認知症者像を根強く持ち続け、その偏見や固定観念が障壁になっていたからである。そのような中で、「自分の認知症体験について語れない」と我々は思い込んできた。 本研究では認知症当事者人たちの体験世界と彼らをとりまく世界がいかなるものなのか、探索的な研究を行う。今までの研究成果をさらに発展させ、彼ら自身の生の声や語りを手がかりに、認知症当事者の人たちの体験世界(「認知症と生きる」なかでの不自由さと、「認知症と生きる」ための<生の技法>)を考察した。さらに、当事者の「語り」「語ること」「語る行為」それ自体の社会的意味についても着目し検討した。 本研究で明らかにしたことは、認知症当事者の語りのなかから、彼らの身におきたことは何なのか、彼らの体験世界を描き出すことにある。本研究では、実際に認知症当事者である人たちから聞き取り調査を行い、日々の暮らしのさまざまな面において、彼ら自身が試行錯誤しながらなんとか生活をこなして暮らしを成り立たせていくために工夫していることを、彼らの語りから明らかにしていった。さらに「認知症当事者」として語る彼らの「語り」が、当事者自身や社会に何をもたらすのか、認知症当事者の語る行為の社会的意味について検討した。 本研究を行うことで、本人そしてその家族、社会に生きる我々が「認知症」となってからも続く生をどう生き抜くか考えをめぐらせ、認知症と向き合うことができ、認知症と生きる社会をつくるためにはどのようなことが必要なのか考えるための手がかりとなるであろう。
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