研究課題/領域番号 |
15K03841
|
研究機関 | 静岡大学 |
研究代表者 |
荻野 達史 静岡大学, 人文社会科学部, 教授 (00313916)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
|
キーワード | 産業精神保健 / 職場のメンタルヘルス / 人事労務管理 / 精神医療 / 医療化 / 当事者の語り |
研究実績の概要 |
平成28年度は、産業精神保健の動向調査に基づき、研究の方向性について再検討を行い、部分的修正を加え、新たな資料・文献の収集・講読に力を入れた。本研究は、産業精神保健へのアプローチの仕方を、医療モデルとマネジメント・モデルと二分し、後者を主張する関係者の語りや実際の取り組みを重点的に記述・分析することを出発点とした。これは、2000年頃からの趨勢として医療モデルが支配的であったという認識と対応していた。しかし、ストレスチェック制度が2015年度より施行され、その職場環境改善活動への繋ぎ方についても行政・関連団体が具体的な方法を示すようになったこと、さらに厚労省ではなく経産省による「健康経営」への取り組みが強化されていることなど、マネジメント・モデルと呼びうる動きがより大きくなったことが把握された。 この動向把握に基づく限り、医療モデルへの批判的対置というより、申請者のインタビュー対象者たちのマネジメント・モデルの立脚点でもある、ある時期までの日本的経営、とくに人事労務管理のあり方と現在の「マネジメント・モデル」との異同を明らかにすることが、より学術的・社会的意義が大きいものと考えられる。このためには、産業精神保健を人事労務管理のより長い歴史的文脈に位置付ける検討を必要とする。現在までの検討では、職種・雇用形態に関わる企業内「身分」の問題の変化、「ジョブなきメンバーシップ」と呼ばれる人事管理の消長、ライン管理職の行う人事考課と職能育成との関係とその変容といった事柄が焦点となることが分かってきた。 また、精神的不調によって休・復職、離・転職を経験した人々の語りにアプローチすることができた。平成27年度より継続している事例検討会への参与観察では企業側・保健スタッフ側の見解と対応が焦点となるが、不調者のライフストーリーは、企業メンタルヘルスを総合的に捉える上で欠かせないデータである。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画にも歴史的検討は含まれていたが、実績概要部分で触れた昨今の動向を踏まえて、産業精神保健との関わりという視点は当然堅持されるものの、企業における人事労務管理のあり方の戦後から現在に至る変容について、より詳細で専門的な知見の収集・整理を行い、これまで代表者がインタビュー対象者から聴き取ってきた「マネジメント・モデル」を歴史的かつ批判的に検討する方向が明確になってきた。この方向性の部分的修正は、必ずしも計画の遅延を意味するものとはいえず、むしろ産業精神保健研究としての視点の適正化が図られた結果、今後の分析の深化をもたらすものと考えられる。 すなわち、精神医療的治療モデルに基づく、うつ病対策を主とする職場のメンタルヘルス対策(医療モデル)への批判的視点・勢力として、人事労務管理等によるメンタルヘルス対策(マネジメント・モデル)とそれを語る一群の人々を対置させる視点から、さらにこのマネジメント・モデルの歴史的条件(限界)と現在的な可能性を批判的に検討する視点が開かれたからである。 同時に、実際には、医療モデルを取り込んだメンタルヘルス対策が必要とされることも否定しえない以上、医療+マネジメンの総合モデルをさらに批判的に検討していく立脚点も必要とされる。この一つの立脚点は、メンタル不調により休業・復職、離職・転職などを経験した当事者の語りである。平成28年度中にこの語りに一部アプローチすることが可能になったことは、大きな前進であった。
|
今後の研究の推進方策 |
推進方策は、2つのサブ・テーマに分けて設定される。1.人事労務管理史からみた産業精神保健の歴史:代表者は、主として医療関係者と行政文書によりながら『産業精神保健の歴史(1)~(3)』を既に発表しているが、この知見に対して、日本企業の人事労務、労使関係に関する諸研究から得られた知見を歴史的文脈として配置することで、これまでのインタビュー調査から得られた現場的・臨床的な議論とは異なる、よりマクロな産業・労働研究としての産業精神保健の歴史を記述・分析する所存である。とくに平成29年度については、実績概要で触れた幾つかの焦点について、さらに検討し、学会報告を目指す予定である。 2.メンタル不調経験者の語りからみる産業精神保健の現在:不調経験当事者の語り(ナラティブ、ライフストーリー)により多くアプローチする。語り自体は、産業精神保健の現状を考える上で、資料的な価値が高いものであり、その収集・記述には意味がある。しかし、近年、一般的に疾患・障害当事者による手記や「当事者研究」が増えているが、産業精神保健の領域における「語り」においては、医療等専門家言説への距離の取り方などにおいて一定の特徴も認められる。こうした特徴が何に起因するものであるのか、そうした視点からの分析によってこそ、この領域の特性や問題が浮かび上がるであろう。歴史的研究と並行して進め、まずは記述的な研究として論文の形で発表することが目指される。
|