研究課題/領域番号 |
15K03890
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研究機関 | 南山大学 |
研究代表者 |
松戸 庸子 南山大学, 外国語学部, 教授 (30183106)
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研究分担者 |
松戸 武彦 南山大学, 総合政策学部, 教授 (10165839)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 不寛容社会 / 狼牙山五壮士名誉毀損裁判 / 社会的排除 / 生態移民 / 強いられた移住 / ポピュリズム / 金融規制強化 |
研究実績の概要 |
本研究のテーマの中核は中国におけるコンテンシャス・ポリティクスである(中国語は「抗争政治」、邦訳には「異議申し立て」が使用される)。従来の研究の延長線上で陳情者やデモや暴動の参加者や関係者への聴き取りを方法の一つとしていたが、習近平政権下での強権化という歴史的な社会状況の下では、中国側協力者にオルガナイザーとして、聴き取り対象を紹介してもらうことができなくなった。それに代わる方法として①現地調査の可能性が見えてきた内モンゴル自治区オルドス市での学術調査のための予備調査、②2014年5月以来、「異議申し立て」として共産党・政府・解放軍を相手に訴訟(「狼牙山五壮士」名誉毀損裁判)を続ける知識人へのヒアリング、③2017年11月に北京市の豊台区で発生した大規模火災が契機となって居所から“追放された”「低段人口」の「社会的排除」という新しいテーマの研究に向けて現地を視察した。①についてはオルドス市では中国側研究者の協力を得て予備調査を2017年8月末に実施することができた。その初歩的な成果は論文にまとめている。また②については、その訴訟の概要は2017年6月公刊の論文で紹介しており、その上で「抗争政治」のアクターである知識人との面談に成功し、好意的なラポールの形成にはたどり着いている。また③に関しては、その地域が90年代以降に成長した地縁のアパレル業者の集積地とも交差することをつかんだ。またこの地域は習近平政権が打ち出した副都心構想地へのルート上にあり、同時に巨大な開発拠点構想の「雄安新区」から北京に入る入口に当たり、この構想下での強いられた人口移動、低所得層の排除などの新しい研究テーマが見えてきた。2018年3月の全国人民代表大会で可決した「国家主席任期撤廃」によって、今後何年続くやも知れない習近平政治の実態や現代中国社会に伏在する葛藤や紛争を垣間見ることができるテーマとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現在の進捗状況は②「おおむね順調に進展している」。このように判断する理由は、中国社会における政治情勢の変化が研究に影響を及ぼす事態は盛り込み済みだからである。中国国内では言論統制が厳しくなるにつれて、外国人との接触に対して当局が異常に過敏となり、関連法律や措置が相次いで出されている。たとえば「反スパイ法」(2014年)、「海外NGO国内活動管理法」(2016年)、次いで2018年春には国家安全省が「スパイ通報サイト」まで立ち上げ、庶民からは「外国人とのおしゃべりには注意が必要」との書き込みまで出てきている。本研究者は中国研究を始めて35年の年月が経ち、社会主義国を研究することのリスクは承知している。そのために、障害が多すぎる直接の調査対象から一歩退いて、経験研究のフィージビリティを検討した。その結果、中国でも情報が公開されている類似の現象(上記5.の「狼牙山五壮士」名誉毀損訴訟に関する情報はネット上にもかなり暴露されている)に関しては、当該知識人を招いて本学で講演会を開くまでの学術交流に漕ぎつけている。さらに、外国人研究者が実施可能な範囲での調査に合流させてもらうという形で予備調査(オルドス市)に参加することができた。その成果は昨年度以来論文を発表している。このテーマはいずれも当初のコンテンシャス・ポリティクスに関係している。そこから見えてきたのは、強権化の進行、抗日戦争研究のイデオロギー化、中国型開発モデルにおける強いられた移住や社会地排除の現実などの問題である。特にオルドス市での調査研究や「狼牙山五壮士」名誉毀損裁判問題に関しては、かなり順調に進んでいる。
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今後の研究の推進方策 |
今後の方針としては、本「基盤研究(C)」の実施の過程で新たに浮かび上がってきたテーマと方法に沿って研究を進めたい。具体的には、「習近平政権下で伏在化するコンテンシャス・ポリティクスに関する経験的研究」という課題名で新たな研究グループを立ち上げて科研の「国際共同研究強化(B)」(2018年5月末日締切)への申請を行うことである。中国のリベラル派を代表する知識人(たとえば北京大学法学者の賀衛方教授など)が、学術雑誌の他、ネット上での言論でさえ削除され封殺される現状に対して「断筆宣言」を発表するような時代となっていることが表すように、今日の中国での経験的研究は、中国の内外でその実施が危ぶまれており、中国人研究者でさえ二の足を踏むような状況である。しかし「上有政策、下有対策」という諺が意味するように、習近平の中国が“法治”を目指しているとは言え、たとえばスパイ行為の明確な基準がないなど、前近代国家的な面が多々あって、この点を充分に理解する中国人研究者は実現可能な経験研究の方法を心得ている。こうした観点から、現在申請の準備を進めている「国際共同研究強化(B)」では、比較的調査を実施しやすい環境問題グループ(中間集団のNPOなどを調査)、ごみ問題に見る排除原理、沈黙する知識人からの聴き取り、党・政府・軍隊を相手に戦う「狼牙山五壮士」栄誉毀損裁判、内蒙古自治区での移動と生活再建に関する調査研究、内蒙古自治区西端地域での“生態移民”実態調査などを計画している。また、北京市南郊を中心とした外来人口の追放問題(2017年11月発生)に関しては、王春光研究員(社会科学院社会学研究所)との共同調査に受けた交渉に入っていきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
年度末に中国で現地調査を行い、全額支出した。
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