本研究は、近代以降に日本で本格的に実施されはじめた予防接種の展開を、歴史社会学の手法をもちいて検証することを通し、「予防」というかたちをとった身体への医療の介入がいかなる政治性を帯びうるかを、3年間で実体的に明らかにするものである。最終年度となった平成29年度は、本研究を構成する3つのサブ課題のうち、第1課題(近代の日本における予防接種の是非をめぐる議論の全容解明)および第2課題(近代の国内外における天然痘ワクチンの製造・流通の実態の解明)の補完をおこなった。 上半期には、前年度より見直しをはじめた第1課題のうち、①18世紀半ばより医家らのあいだで巻き起こった、近世最大ともいわれる医師の職業倫理に関する議論を整理し、②その議論とほぼ同時期に日本でおこなわれはじめた人痘種痘が、どのように「問題」とされたかを明らかにすることで、③19世紀半ばより列島各地でおこなわれるようになった牛痘種痘が、従来いわれていたように「伝来」したものではなく、政治的な必要性により「導入」されたものであることを確認した。そして、明治期以降の議論においては、種痘の必要性は前提とされ、種痘の強制性をどこまで・どのように徹底するかに論点が移行したことを史料にもとづき明らかにした。 下半期には、第2課題のうち、①明治期以降の天然痘ワクチンの製造・流通に関する資料の収集・解析をおこない、医師の職業集団と国とが、流通するワクチンの質と量とを段階的に統制していった様態を跡づけるとともに、②種痘後に生じる「副反応」を、「例外的」な症例として処理する制度が築かれてゆく過程につき、資料から見取りを得た。
|