研究課題/領域番号 |
15K03894
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研究機関 | 立命館大学 |
研究代表者 |
中村 正 立命館大学, 産業社会学部, 教授 (90217860)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 子ども虐待 / 暴力臨床 / 家族システム / 加害者臨床 / 家庭内暴力 / 男性性 / 家族再統合 / 認知意味論 |
研究実績の概要 |
2015年度(平成27年度)は三カ年計画の研究初年度であった。初年度の成果は以下のとおりである。まずは、本研究のデータ採取の場となる「男親塾」の安定的な運営である。毎月2回、合計24回、大阪市内で開催できた。並行して、夫婦面談、子ども面談、配偶者面談、そして児童相談所の専門職者(三人)、児童養護施設出身者(成人一人)への面談を実施した。 虐待する親たちの加害のナラティブの分析をもとに親密な関係性における暴力は「非対称性問題群(親子、夫婦、男女等)」という相互作用と関係性の特徴に根ざして生成する様相をとらえてきた。本研究では「関係コントロール型暴力coercive control」として定義している。さらにこの種の暴力は、①男性性ジェンダーの「身ー心複合体」の特性を踏まえるべきこと(暴力を肯定、受容、許容する個性化作用)、②社会のもつ暴力性の意味づけを生活の仕方に環流させていること(特に正義やコントロールの観念)、③問題解決行動としての暴力行動があり、それは加害者の日常実践として組成されていることを考察してきた。 また、臨床心理学・精神医学では介入後の認知行動療法を示唆する研究が多いが,筆者は、臨床社会学的に暴力行動を把握し、それに適合させた介入の必要性があると想定している。つまり、男性性ジェンダー臨床、暴力臨床論として段階を踏み、①更生保護の理論で指摘されているリスクアプローチとストレングスアプローチ(例:Good Lives Model)を混合させ、②対象とすべきは加害者の「暴力の日常行動理論・暴力の暗黙理論」であること、さらに③「ジャスティス・クライアント(司法臨床の対象者)」としての加害者個人の特徴把握が必要であり、そのために、④認知意味論による補強が必要であると考えるに至った(成果としては業績欄に記載した「暴力臨床論」にまとめた)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、臨床社会学的な理論と実践から、対人暴力を「関係性の病理」として把握すべきであるという見地にたっている。そこでは、①ホモソシアル的な男性的身体と行動、②主流となっている男性性のジレンマ、③暴力を肯定する動機の語彙と文脈の内面化、④暴力の中和化・正当化過程による社会の暴力性の凝縮(認知的な意味づけの構成的な内面化)、⑤親密な関係性における暴力の常態化・日常化等をもとにして、暴力生成の「主体」として「男性性心-身」が構築されている様相を把握してきた。さらに、その相互作用を営む非対称な関係性があること、つまり愛情と憎悪が交錯する家族関係(親子)、夫婦・男女関係である。これを「非対称性問題群」とした。そこから「他罰性」「他者非難」「被害者批判」「犠牲者攻撃」の加害者特性が構成されることを明らかにしてきた。そこを起点に、暴力が正当化・中和化され、その過程において動員される「社会のもつ暴力性(正義の概念との関連)の物語」の内面化があり、それを男性的な心-身像をとおした意味構成や行動指針として凝縮させていく事態があること、そこでは社会のもつ暴力肯定性が活用されてもいるので、暴力臨床は社会臨床という意味をもつことを指摘してきた。こうして、暴力臨床、男性性ジェンダー臨床を軸にして加害者臨床を編成し、同時に社会臨床でもあることを展望している。その総体を「暴力の臨床社会学」として構築するための基礎を築きつつある。臨床社会学的な研究と実践が親密な関係性における暴力問題への対応には不可欠であると結論づけ、排除や厳罰化ではない、効果的な司法臨床と暴力臨床・加害者臨床の内実の提案、ミクロな関係性に対して公共的課題を挿入する概念としての回復的正義・修復的正義、治療的正義(ケアとジャスティスの統合)、それを可能にする更生のための回復コミュニティの概念の整序を試みている。
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今後の研究の推進方策 |
「男親塾」の実践を安定させ、脱暴力に向けた更生保護の理論の体系化とそれをささえる暴力臨床の社会制度を提案するための基礎的研究をさらにすすめていく。「男親塾」は年24回開催予定であり、並行してすすんでいるファミリーソーシャルワークの内容とも連動させながら暴力臨床・加害者臨床についての臨床社会学的な研究と脱暴力を持続させるための離脱研究を展開する。脱暴力支援の場を形成することそれ自体の過程と、そこで展開されていることの記述、さらに日常的な家族運営と変容それ自体の観察が基本となって研究が推進される。換言すると、加害のナラティブにもとづく脱暴力支援の臨床社会学実践の理論化をめざすという意味である。それは治療的司法・正義、修復的正義(therapeutic jurisprudence, TJ)の構築を意味するが、その過程では治療的コミュニティ(therapeutic community、TC)が不可欠である。この概念の連鎖的な構築と実践の意味づけをひきつづきおこないながら、「男親塾」を安定化させ、参加者にとっての主観的意味づけをこれら客観的な制度の意味づけと統合させていく。他の社会問題のグループワーク(薬物、アルコール、ギャンブル依存症のグループワーク)とも比較しながら、TC論としても深めていく。その集団的治療効果や意識と行動変化への影響、加害者にとって準拠集団化してく様子、動機の語彙の後付け再形成(これは行動省察である)等の全過程の記述を公共社会学的で臨床社会学的な制度のエスノグラフィとしても位置けて記述し、もって暴力加害行為者の世界とそこからの離脱を特徴づけるための係留ポイントについて事例から確定していく。
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次年度使用額が生じた理由 |
グループワークの記録化(主に筆耕)にかかわり謝礼として支払う総量がすくなくて済んだことが理由である。
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次年度使用額の使用計画 |
男親塾のグループワーク進行補助にかかわる謝金、録音したものの筆耕、グループワーク参加にかかわる交通費等として予算を執行する。とりわけデータのデジタルテキスト化にかかわり使用する計画である。
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