本研究は、2011年3月における福島第一原子力発電所の事故を契機として、首都圏から他の地域に避難した原発ディアスポラ世帯の生活リスク意識と家族関係の変容に関する実証的研究である。2019年度においては、以下の2点を中心に研究を進めた。 (1)「チェルノブイリ原発事故」および「福島第一原発の事故」について、新聞記事データベースおよび縮刷版による記事の蒐集と分析を継続した。チェルノブイリ原発について取り上げる理由は、避難者たちの語りの中にこのイベントが言及されることが多く、福島第一原発以降の意識や行動面において何らかの比較軸となっていることが考えられるからである。新聞記事については、毎日新聞と西日本新聞を使った比較を内容分析とテキストマイニングによって実施した。福島原発事故の報道を語るうえでチェルノブイリ原発事故のことが参照点として語られていることは双方共に明らかであるが、西日本新聞においては被爆地・長崎をそのエリアに含むため、被爆地・長崎の記憶と福島の原発事故を媒介する事故としてチェルノブイリ原発事故が言及されていることがわかった。 (2)九州への避難者について交流会へ参加、参与観察と聞き取りを実施した。また既に本研究期間内に聞き取りを実施した情報提供者とコンタクトを取り、報告書記載内容についての公開内容の確認を実施した。福島原発事故から8年が経過し、九州内ではその記憶も薄らいでいる現状があるが、九州に根を張って暮らしている避難者たちは元々持っていた避難者同士のネットワークに加えて、子どもの成長に伴って地域のネットワーク(学校や地域、再就職した職場での繋がり)にも加わるようになってきている。時間の経過とコミュニケーションの変容によって、移住先の社会にそれぞれの居場所を獲得している反面、原発や食品の選考などの面で確固たる信念を持ち続けている面も確認された。
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