研究課題/領域番号 |
15K03908
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
武川 正吾 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (40197281)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 社会政策 / 高福祉高負担 / 社会保障 / 福祉意識 |
研究実績の概要 |
福祉意識の構造と変容を明らかにすることを目的とした本研究では、初年度である平成27年度において、平成12年以降5年毎に日本在住者を対象に行われている社会保障に関する意識調査の結果の推移を整理した。その結果平成22年までは高福祉高負担という社会保障全体の規模を財政負担、給付共に拡大することを支持する態度の者の割合が増加傾向にあったが、平成22年から27年にかけては反転して平成12年の水準に低下したことを明らかにした。初年度の社会保障全体の規模に対する分析結果を踏まえて、二年度の平成28年には、平成25年1月に実施した社会保障に関する意識調査のデータを用いて、年金、高齢者医療、介護という高齢者向けの社会保障の分野別の負担と給付を含めた規模に対する態度の構造を分析した。その結果50歳以上という高齢者向けの社会保障の受益者となりうる世代において世帯年収の高さがこれらの個別の社会保障の財源の負担と給付の拡大を支持する態度と結びついていたことを明らかにした。また査読の結果、雑誌『厚生の指標』483号に研究成果が掲載された。初年度、二年度の結果を踏まえて、最終年度である平成29年度は社会保障全体の規模に対する人々の態度の構造の推移について分析した。年齢、世帯年収などの社会経済的属性と社会保障全体の規模に対する態度との構造の結びつきがどのように変化しているのかを検証した。換言すれば、支持の程度の推移と一時点での支持の構造の分析を踏まえて、支持の構造の推移を分析した。結果は平成27年には反転して平成12年と同程度の社会保障全体の規模拡大に対する支持の割合となったものの、平成12年と異なり高齢者が社会保障の規模の拡大を支持するという関連が見られなくなったこと、若年者の支持の割合が相対的に上昇し若者の社会保障離れという通説を反証した。研究成果を学会誌に投稿し査読の結果論文を掲載予定となっている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
概ね順調に進んでいるが、上記の投稿し掲載決定に至った2つの査読付きの論文の査読への対応が年度内に終了しなかった。さらに見知らぬ他者に対する信頼である一般的な他者に対する信頼や政府や官僚などの制度に対する信頼という信頼と社会保障に対する態度との関係についての分析を新しう発想し、これを追求する必要を感じた。一方で、社会保障に対する人々の態度について分野別の比較を行ったこと、21世紀に入ってからの時系列的な変化を支持の構造まで含めて明らかにし活字媒体に掲載したという点では目的を達成している。人々の信頼と社会保障に対する態度との関係の分析に関しても、活字媒体への掲載には至っていないものの、分析成果が出つつある状況である。具体的には、信頼に関する質問項目が含まれている平成25年1月と平成27年12月の意識調査のデータに基づいて、社会保障全体の規模と一般的な他者に対する信頼、政治家や政府、官僚という制度に対する信頼という2つの信頼との関連、支持の構造を分析している。いずれの信頼も変数として追加することで高福祉高負担を支持する者の割合を高めるが、制度に対する信頼の効果の方が一般的な他者に対する信頼より高める程度が強いことを明らかにした。次に高福祉高負担支持という社会保障全体の規模拡大に対する態度と所得格差是正を政府の責任とする所得再分配に対する態度との間での支持の構造の比較も行った。結果としては制度に対する信頼の高さは社会保障の規模拡大を支持する態度と結びついているものの、所得再分配を政府に求める態度を弱めるという両者の相違点が明らかになっている。よって制度に対する信頼の方が社会保障の財源の負担者や受益者同士の信頼である匿名の一般的な他者に対する信頼より社会保障に対する態度を大きく左右し、規模の拡大を求めつつ所得再分配には否定的な態度とつながることを明らかにした段階である。
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今後の研究の推進方策 |
以上を踏まえ、今後は社会保障全体の規模に対する態度以外の福祉国家に対する様々な態度の支持の構造をその推移も含めて探ること、特に人々の間の信頼や政府に対する信頼との関係を探る。これまでの調査において、社会保障全体の規模に対する人々の態度以外に、貢献原則と必要原則,選別主義と普遍主義、労働能力のある者の生活保護受給の権利性など、様々な福祉国家の資源配分原理に関しても尋ねている。これまでに分析した社会保障全体をどのように配分していくのかを考えるという点で、これらの変数も福祉国家の重要な側面を表している。よってこれらの変数に関しても人々の態度を探る予定である。また研究代表者のこれまでの韓国や台湾と日本との比較研究の業績も踏まえ、これらの国と日本との福祉国家に対する態度との比較を行う。そのため韓国や台湾に関しても福祉国家に対する様々な態度に関するデータをオムニバス形式の調査によって入手することを予定している。具体的には、上記の福祉国家の態度に関する変数を盛り込んだ調査を韓国や台湾でも実施する.その後の分析に際しては、後発資本主義諸国とされるこれらの国の間での人々の福祉国家に対する態度の実態や構造がどのように共通しているのか、あるいは異なるのかについて分析を行う予定である。研究代表者のこれまでの研究においては、東アジア諸国の福祉国家の離陸に向けたタイミングや発展の段階の違いがこれらの国の制度の成立に及ぼす影響について明らかにしてきた。今後はこれまでの日本国内での福祉国家に対する態度の研究成果をこれらの国にも応用することによって、上記の福祉国家の成立に向けたタイミングの違いなどが、どのように東アジア3国の間での福祉国家に対する態度の違いに影響を及ぼすのかの分析を進める予定である。そのことによって、東アジアの福祉意識も含めた福祉レジームの検討に資する研究を推進することを企図している。
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次年度使用額が生じた理由 |
すでに調査は終了しデータは入手していたが,.研究課題に関して既発表の論文に加えて,時系列分析・要因分析などに関する論文を投稿中であったところ,査読者から修正要求があり,これに対応するための時間を要した.最終的には掲載決定となった.またこの論文の説明変数は属性が中心であるったが,近年の関連研究を踏まえて,「信頼」を独立変数として追加挿入したモデルを用いた分析をすることによって,研究目的をさらに精緻に達成する必要があったため.
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