研究課題/領域番号 |
15K03921
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研究機関 | 鹿児島大学 |
研究代表者 |
片桐 資津子 鹿児島大学, 法文教育学域法文学系, 教授 (20325757)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 社会福祉関係 / 地域社会 / 社会学 / 国際比較 / 特養経営 / 内省 / 創発 / リソース |
研究実績の概要 |
初年度となる今回の研究実績の概要は、以下の2点にまとめられる。第1に、高齢者ケア施設に関する国際比較研究にあたり、前段として、日本の特養ホーム研究の集大成をおこなった。具体的には『特養ホームの社会学』(遅くとも2017年2月に北海道大学出版会から出版予定)と題して、15年以上にわたる日本国内の特養調査の研究成果をまとめた。 これを踏まえて日米の施設を俯瞰した結果、日本の特養の同質性に比べて、米国の施設の多様性が確認された。日本の特養は、公的介護保険制度の下で、自治体ごとに社会福祉法人が運営しているのが一般的であるが、米国の施設には、経営形態とケア現場に相対的にみて多様性が存在していた。多様なタイプの施設は、選択肢の充実として、米国では肯定的に捉えられていることが確認されたが、他方で、支払い能力や地域性によって選択できない/選択させられるという側面も看取された。 第2に、米国の高齢者ケア施設が地域のケア拠点として果たす役割とは何かを探るため、管理職とケア職へのインタビュー調査を実施した。対象はオレゴン州のマウント・エンジェルとシルバートン、ウィスコンシン州のミルウォーキーに立地する施設である。①地域からのリソースの調達、②地域へのリソースの提供、③他の専門機関との連携に着目したところ、地域におけるカフェや美術館等の文化的資源の調達、地域住民への雇用の提供、病院や地元幼稚園との連携等がみえてきた。とりわけ評判の高い高齢者ケア施設において、よいケアが提供できている理由を探索したところ、寄付活動の仕方と職員研修のあり方にトップマネジメントを機能させていることが示された。 これらの研究成果の一部は、「高齢者ケア施設の広域地域への関わり――米国におけるカトリック型地域とプロテスタント型地域の比較」と題して、ウェルビーイング研究会にて報告された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
まず、オレゴン州のマウント・エンジェルとシルバートンは、前者はカトリック文化が、後者はプロテスタント文化が根づく地域であったため、調査対象として選定した。前者に立地する施設は非営利であり、よいケアを提供する施設としての評判が高い。後者は営利であり、標準的な施設であると認識されている。これまで、前者については、新人職員研修のフィールドワーク、利用者との交流、管理職やケア職へのインタビュー調査を4度実施した。後者についても管理職や療法士へのインタビュー調査を2度おこなった。その結果、母語の異なる白人とラティーノの職員間の情報共有に力点を置くための試行錯誤が明らかになった。 つぎに、ウィスコンシン州ミルウォーキーは、人種・宗教の多様性を有する地域であるため調査対象として選んだ。具体的には、中流階級以上の利用者を受け入れている施設――ユダヤ、カトリック、プロテスタントという3つの異なる宗教的カラーをもつCCRC(継続的ケア付き高齢者コミュニティ)――の管理職を対象に設定し、リソースの出入と他機関との連携についてのインタビュー調査を2度にわたって実行した。その結果、利用料と寄付によって集めた資金を活用して、ソフト面では古いケア文化の打破、ハード面では高級感のあるスペースの提供を実行するとともに、職員研修を徹底的におこなっている実態がみえてきた。 さらに本研究の理論的枠組みを定めるため、内省や創発という概念を自己論の立場から整理した。「活動的高齢女性の生きがい獲得とその変遷過程」と題して、学術雑誌『ソシオロゴス』(2016年10月発行・掲載決定)に投稿した。これは他者との関係のなかで、よりよく生きるためのメカニズムを解明したという点で、地域との関係のなかで、よりよい施設経営とは何かを探究する本研究に示唆を与える。ゆえに総合的にみて、達成度は「おおむね順調」であると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
4年間でなされる本研究計画は、前半の2年間で集中的にデータ収集をおこなうことを念頭に、2年目も米国調査を継続する必要がある。 現在までの調査では、第1にオレゴン州のマウント・エンジェルの非営利施設とシルバートンの営利施設において、管理職・専門職へのインタビューを継続的におこなっている。前者は順調だが、後者は遅れが目立つため、今後はより積極的に関わっていく必要がある。第2にウィスコンシン州ミルウォーキーの3つのCCRCの管理職と広報・市場担当者へのインタビューも複数回おこなっている。CCRCは、高齢者マンション、アシスティッドリビング、メモリーケア、ナーシングホームのセクションからなる。これまでは、おもに元気で活動的な高齢者マンション居住者の暮らしに焦点を当てて観察してきたが、今後はナーシングホームの担当者やケア職を対象にインタビューを実施する予定である。 米国の施設管理者の多くは、営利であれ非営利であれ、日本と同様、いくつかのディレンマを抱えている。たとえば、最低限のリソースのなかで最低限のケアを提供し続けていくか、それとも寄付や保険料をより多く得ることで、よいケアの提供に挑戦するか等。 このように米国の施設は日本の施設に比べて、非営利であっても経営手腕を発揮する管理者が目立つ。ゆえに、いかにして裕福で教育レベルの高い高齢者に自分たちの施設を選んでもらえるのか、つまり選ばれる施設として向上することに経営の力点が置かれる施設もある。しかし他方で、貧困で教育レベルの低い高齢者のケアは支払い能力が低いため、公的な福祉支援が受け皿となるわけだが、こういった状況のなかで、施設運営を少ないリソースのなかでぎりぎりまわしていくことに経営の力点が置かれる施設もある。両者の格差をどう考えたらよいのか。今後は、地域における包摂と排除という側面からみえてきた新たな研究課題にも取り組む必要がある。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成27年度の前期は、研究代表者がポートランド州立大学の客員研究員として、研究拠点を米国に移していたため、計画していたよりも交通費がかからなかった。
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次年度使用額の使用計画 |
2年目となる28年度は研究拠点を日本に戻しているため、計画通りに使用できる予定である。具体的には(1)米国オレゴン州の対照的な地方部(マウント・エンジェルとシルバートン)に立地するナーシングホームの管理職と専門職へのヒアリング継続調査の実施、(2)人種や宗教に多様性がみられるウィスコンシン州ミルウォーキーに立地する3つのCCRC(Continuing Care Retirement Community:プロテスタント型、ユダヤ型、カトリック型)の管理職と専門職へのヒアリング継続調査の実施、(3)学会や研究会における暫定的な研究成果の報告、そして(4)本研究計画にかかわる学術論文の準備の4つを予定している。 以上から、次年度の研究費の使用計画については、交通費、その他として使用されることになる。
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