研究課題/領域番号 |
15K04026
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研究機関 | 静岡大学 |
研究代表者 |
橋本 剛 静岡大学, 人文社会科学部, 教授 (60329878)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 社会心理学 / 援助要請 / 援助行動 / ソーシャルサポート / 文化 / 互恵性 / 社会規範 / 負債感 |
研究実績の概要 |
一般的に互恵性規範(「お互いに助け合おう」という社会規範)は、援助授受の促進要因と思われている。しかし、自身が他者にあまり援助・貢献できないにもかかわらず、他者からの援助を過度に受容することは、互恵性規範に反するフリーライダー行為と見なされかねず、他者から否定的に評価され集団からの排斥につながりかねない。そこで人々はそのような状況に陥ることを未然に防ぐべく、貢献感が低ければ援助要請を抑制すると予測される。さらにその関連は、互恵性規範が強いほど顕著となると想定される。そこで橋本 (2015) は日本人成人を対象としてこの仮説を検討し、仮説を支持する知見が得られている。 この理論は、人間の普遍的特徴である将来予期、所属欲求と排斥不安、そして互恵性志向などに基づいて構成されているので、その適用範囲は通文化的であろうと考えられる。したがって、先行研究で指摘されている、北米と比べて(日本を含む)東アジアでは援助要請が抑制されやすいという援助要請の文化差を、この理論によって説明できる可能性が考えられる。そこで本研究では、国際文化比較研究などを通じて、貢献感および互恵性規範によって援助要請傾向を説明する理論の通文化的適用可能性について、その他の代替説明との対比も考慮しながら検討することを目的として実施されているものである。 3カ年計画の2年目となる平成28年度は、初年度(平成27年度)に実施されたレビューに関する論考の刊行、同じく初年度に行われた日本成人を対象とした調査の研究成果発表を行ない、さらに日米成人を対象としたウェブ調査を実施した。それらの研究結果としては、日本人における貢献感と援助要請の関連のように予測が支持された知見の一方で、互恵性規範の調整効果のように予測が支持されなかった知見もあり、平成29年度はそれらを踏まえての研究をさらに展開する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
研究目的に照らし合わせての現在までの達成状況は、当初の想定に比して若干ながら遅れていると自己評価している。平成28年度は本研究プロジェクトの中核をなす調査研究として、日本とアメリカ合衆国の成人男女を対象としたインターネット調査によって、援助要請と貢献感および互恵性規範の関連について文化差を含めた検証を試みた。しかしその結果は、少なからず想定と異なるものであった。 具体的に、まず貢献感については予測通り、日本よりアメリカの方が高かった。次に互恵性規範について、日本では返報必要規範(「借りは返すべき」という社会規範)よりもむしろ返報不要規範(「貸し借りは気にしなくてよい」という社会規範)が高かった一方で、アメリカでは返報必要規範が返報不要規範より高いという交互作用が示された。これは日本よりアメリカの方が返報性を重視するということであり、日本人が集団主義的という通説に反しているとも考えられる。さらに援助要請意図についても、本研究の理論的前提および先行研究における通説に反して、日本よりアメリカの方が全般的に抑制的であった。 貢献感と援助要請意図の関連については、日本では予測通り貢献感が家族および友人援助要請と有意な正の関連を示したが、アメリカでは貢献感はいずれの援助要請意図とも関連を示さなかった。また、返報必要規範が日米ともに援助要請と正の関連を示した。さらに、互恵性規範の調整効果も全体的に示されなかった。これらの結果を素直に解釈すれば、アメリカでは「借りは返すべき」という返報必要規範が、日本では「自分はみんなの役に立っている」という貢献感が、それぞれ援助要請の主たる規定因となっているとも考えられる。しかし、ウェブ調査の問題点として指摘されているサティスファイスやサンプルの偏りなどの方法的問題に起因する可能性も否めないところであり、問題点を修正した再検討が求められよう。
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今後の研究の推進方策 |
本研究プロジェクトの最終年度である平成29年度の方針として、まずは平成28年度の調査研究における問題点を適切に修正した研究が当面の最優先課題となるであろう。方法論的な問題に対する疑義を払拭しうるための具体的な留意点を挙げると、まず前年度調査では、海外調査経費が当初想定に比してかなり高額であったがゆえに、サンプル数が限定され、かつ年齢などのデモグラフィック要因も統制不十分となり、少数かつ偏りのあるサンプルを用いざるを得なかったという問題点がある。また、特にアメリカデータにおいてはサクリファイス(質問文理解などの労力を払わない不適切な回答)が疑われるような回答も散見されたことから、費用対効果の向上、質問項目数の削減、十分かつ偏りの小さいサンプル確保などが求められ、そのためには少なくとも前年並み、もしくはそれ以上の経費をこの調査研究に計上することになると思われる。 その一方で、前年度の研究知見が、方法論的な問題などに起因するのではなく、実情に即した合理的な結果である可能性も考えられる。たとえば先述した「アメリカでは返報必要規範が、日本では貢献感が、それぞれ援助要請と関連する」という知見の意味について、以下のような説明もできよう。すなわち、アメリカにおいて援助要請が是認されるか否かは、あくまでその社会集団において相互扶助を尊重する風潮の程度に由来しており、それはあくまで普遍的人権意識の問題なので、個人の優劣は問題とならない。その一方、日本では逆に普遍的人権という観点が重視されにくいがゆえに、社会規範より個々の優劣に基づく、いわば身の程をわきまえた振る舞いが求められる、という解釈もありえよう。このように、想定外の知見から新たな解釈や理論が展開される可能性も十分あり、その意味においても、前年度と基本的に同様の問題意識や枠組みによる研究を展開することには意義があると言えよう。
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