研究課題/領域番号 |
15K04029
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研究機関 | 高知大学 |
研究代表者 |
増田 匡裕 高知大学, 教育研究部人文社会科学系人文社会科学部門, 准教授 (30341225)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 悲嘆ケア / ソーシャル・サポート / 対人コミュニケーション / 喪失体験 / 対人援助 |
研究実績の概要 |
下記「現在までの進捗状況」で述べた事情により、平成27年度の研究活動は著しく遅滞し、当初計画よりも約1年の遅れとなっている。しかしながら、初年次を無為に過ごしていた訳ではなく、積極的に情報収集活動を行っていた。 平成27年度の情報収集活動の成果は、悲嘆ケアの当事者と援助者の認識のずれの構造を解明するためのヒントを多く得られたことである。これは学会大会への参加による他の研究者とのディスカッション。及び悲嘆ケア自助グループへの参加によるフィールド調査(participant observation as participant)によるものである。 国内外の大小3つの学会大会に参加して、他の研究者との議論を通じて得たことは以下の3点である。①対人援助職の実施する悲嘆ケアの研究は、援助の成果を追求する援助者側のイデオロギーから逃れられず、それが当事者の人格を傷つける新たな倫理的な問題を発生させるおそれがある。②現在の研究倫理の考え方は、特にインフォームド・コンセントの手続きは援助者を保護する機能しか持たず、当事者を保護しない問題がある。③当事者の認識する援助者との社会的な関係は、近付きたい気持ちと離れたい気持ちの両方が常に背反する弁証法的なダイナミクスを持つが、援助者側はしばしば無自覚である。 当事者自助グループへの参加及び当事者へのエスノグラフィックインタヴューイングで得られた知見としては、援助者側によるステレオタイプ的な対応や、「正解を欲しがるマニュアル思考」すなわち。ケアのコミュニケーションが相互理解を目的とするのではなく成果が目的となっていることへ懸念である。 また、情報収集活動で得られたその他の知見に基づいて過去の研究データを再分析したところ、援助者側の認知構造が明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
平成27年度にデータ収集を開始できなかった理由は、所属機関の抱える問題がゆえである。研究倫理委員会(IRB)の設置が遅れたためである。本課題申請時点では、平成28年度に新学部改組に伴い、平成27年度中には人文社会科学部にIRBが設置される予定であることを示唆する記述をしていた。本研究課題の成果の主たるオーディエンスが医療従事者であることを鑑みれば、IRBの審査を経ていない研究には意義がなく、発表の機会さえない。大変遺憾ながら、研究代表者の努力にもかかわらず、平成27年度内に学部内にIRBを設置することができなかった。研究対象者に医療従事者が含まれることを考えれば、調査参加の依頼さえ拒否されるおそれがあり、平成27年度内にデータ収集を開始することを断念せざるを得なかった。 この問題を解決するための手筈は既に調えている。学部IRBの設置をひとまず断念し、学科・コース単位での小委員会の設置を先にするように戦略を変更し、平成28年2月から学科・コース内では着実に合意形成を進めてきた。平成28年6月中には最初の審査が可能になることは確実である。学部以上の組織ではないため、IRBのオーソリティとしては格下になることは残念だが、IRBのない状態よりは遙かにメリットが多く、研究の信用性も格段に高まる。 このIRB設置の作業は実質的には研究代表者が1名のみで担当しており、これ自体が研究活動の一部となっている。研究環境の整備状況が科研費の審査項目の1つであることを鑑みれば、表面的には既にクリアしておかねばならないことを、交付されてから慌てて仕上げたというふうに見える結果になり大変遺憾である。しかしながら、研究代表者は平成26年5月より学部IRB設置の根回しを始めており、設置が間に合わなかったことは想定外である。平成28年度の研究活動に間に合わせることができたことを評価して戴ければ幸いである。
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今後の研究の推進方策 |
平成28年6月設置予定のIRB(人間文化学科・人文科学コースの倫理委員会)の審査を経て、8月までには遅れていたデータ収集活動を開始する。このデータ収集活動には、平成27年度に得られた知見を反映させる。データ収集法は400名程度を対象とした質問紙調査と10人程を対象とした面接法の組み合わせである。 対人援助者のサンプルとして医療従事者や自助グループを予定しているが、この援助者のサンプリングの過程で本研究課題の趣旨を理解してもらえるかが課題である。対人援助職が研究対象となる際に、調査の目的が「これまでの成果の自己評価」と誤解されることがあり、これが回答拒否につながるおそれがある。これはIRBの審査をクリアしても避けがたいことである。これにより、サンプルが本研究に対して協力的な回答者に偏ってしまう可能性を想定した上で、その偏りを考慮しても普遍的といえるエヴィデンスを引き出すための理論的な基盤が必要である。そのためにも、今年度も積極的に学会を通じた情報収集活動を実施する。 面接法による調査については、質的心理学におけるナラティヴ分析の位置付けなどを見極め、より洗練された分析をするための理論的なブラッシュアップが必要である。また、コミュニケーション学などの学際的なアプローチへの転換も検討する。 当然ながら、インフォーマントとの良好な関係の維持も重要である。これまでのところ、「研究者」としてのアイデンティティと、「友人」としてのアイデンティティの利益相反は起こっていないが、今後も油断することなくラポールを維持する。
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次年度使用額が生じた理由 |
前述のように、IRB設置が平成27年度内には無理だったため、データ収集活動を平成28年度に遅らせざるを得なかった。但し、調査に必要な物品のうち高額なものは平成27年度に購入している。これはぎりぎりまで平成27年度内の調査実施を試みたためである。
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次年度使用額の使用計画 |
前述の理由で約1年遅らせることになったデータ収集活動を実施する。サンプリングについては調査業者への委託を検討しているが、見積もりの結果委託を取りやめるべきと判断した場合は、郵送法に変更する。その場合の質問紙の印刷費や送料などの経費の他、作業の補助者を雇う必要が生じるため、その謝金にも経費が必要である。
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