本研究は,「認知粒度」の観点から,自閉症・コミュニケーション・言語や文化の成り立ちについて,統一的なモデル化を試みるものである。この目的のため,平成30年度では,ボンド大学(オーストラリア),岐阜大学,金沢大学,京都大学,情報通信研究機構などの研究者との定期・非定期的な意見交換をとおして,認知粒度に関する議論を整理・精緻化し,その成果を国際会議や書籍執筆をとおして発表した。具体的には,いままで認知粒度として一括していた概念を,知覚レベル(たとえば色彩や物体認識など)における粒度,言語レベル(基本語彙など)における粒度,そして他者理解レベル(いわゆる心の理論による行動予測など)における粒度という3つのレイヤーに分類して議論することで,それぞれのレイヤーにおいて操作可能な概念が見出され,具体的な心理実験に落とし込むことが可能になることを明らかにした。また,医学・生物学系の研究者との意見交換から,神経系の初期発生において,神経幹細胞の対象分裂による増殖フェーズから非対称分裂によるニューロン生成(同じ母細胞から分裂した娘細胞群がカラム構造を作り出すと考えられる)への切り替え時期の制御機構が,この変異を与えることが示唆された。以上の取り組みから,物理的・社会的環境を知覚・認識するための諸カテゴリの粒度の差異と,加えてミニカラム発生における密度の差異を,自閉症と定型発達を区別する差異(正確には,粒度という次元上に,自閉症や定型発達だけでなく,ウイリアムズ症候群を含めたさまざまな認知スタイルを射影したもの)とを関連づけ,新しい自閉症像として提案することができた。その最終的な成果をまとめた書籍「〈自閉症学〉のすすめ」は,この新しい自閉症像から始まる新しい学問領域を示唆するものとなった。
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