研究課題/領域番号 |
15K04120
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研究機関 | 愛知教育大学 |
研究代表者 |
廣瀬 幸市 愛知教育大学, 教育学部, 教授 (10351256)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 教育相談 / 世代間伝達 / 自己成長 / ナラティヴ / 臨床物語論 / ライフヒストリー法 / 臨床の知 |
研究実績の概要 |
昨年度に継続としていた若手現場教員(研究協力者2)からベテラン教員(研究協力者3)へのインタヴュー調査の結果を本年度に実施した調査結果と補完した知見について、研究協力者1・2で構成する臨床ナラティヴ研究会で共有した上で、参加者各人の現場における実践と照合する議論を重ねてきた。これらの議論を通して、次のようなことが浮かび上がってきた。すなわち、よく機能する校内支援体制構築のためには学校全体の支援体制が重要な要因であること、教育相談に貢献する構造的要因は個人的要素が大きいこと、その背景には個人的なライフヒストリーに裏付けられた個人の情熱がその現在の活動に影響を及ぼしていること、無形財産の伝承においては個人の資質・歴史・経験が潜在的要因を占めていること、である。 昨年度の研究過程で気付いた、テキストマイニングによる言語処理ではインタヴュイー間の上位概念を包括することができないという構造的欠陥については、その後の質的研究においても確認された。その研究成果を論文「インタヴュー調査のデータ分析に関する一考察」において理論的に考察して、本学発行の教育臨床総合センター紀要にて公表した。 また、日本学校教育相談学会における発表では、定性データ分析(佐藤,2006)により5カテゴリ15概念に分類されたコードを提示した上で、インタヴュイー毎に概念の共起ネットワークが異なることを示した。この結果が、その後の考察を進める契機となり、先述の紀要論文へと結実した。 さらに、インタヴュイーの一人である山口権治氏より、先端的なナラティヴ・メディエーションのアプローチを学び、臨床ナラティヴ研究会において研究協力者1および2の間で知見を共有した。これにより、臨床心理学に基づいた従来の教育相談の在り方に加えて、3次的生徒指導ではなく1次的生徒指導として直接の働き掛けを射程に入れることが可能になってきた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の研究実績の概要にも触れたとおり、教育相談の実践知はその要素においては構造的であるにも拘らず、その運用においては個別的色合いで彩られており、そこには実践者個人の資質・歴史・経験が大きな影響を与えている。個性色強いベテラン教員のライフヒストリーにまで遡っていく本研究の質的研究の方法論によって、インタヴュアーを務めた若手教員ばかりでなく、臨床ナラティヴ研究会にて共有した他の研究協力者2においても、各人の現場実践上の問題意識を賦活していた。 そのため、臨床ナラティヴ研究会に積極的に参加してきた研究協力者2は、本研究において浮上してきた知見に触発されて、それぞれの職場における各人の教育相談活動の知見を深めている。これに伴い、インタヴュー調査の回数に関わらず、各人の実践的経験により形成されつつある暗黙の実践知により、自身が実施した調査によって展開されたインタヴュー内容から汲み上げてくるものに個人差が現れてきた、と感じられる。 このような展開は、研究計画策定当初にははっきりとは想定されていなかったが、研究Ⅰを踏まえて行われる研究Ⅱにおけるテーマである個人の自己成長の観点からすれば妥当な事実であると考えられ、人を対象とする調査においては不可避の事態であると見做される。その上、観察された現象は、予定されていなかった局面を織り込んでいけば更に研究Ⅱを深めていくことができるものであると考えられ、結果的に見れば、おおむね順調に進展してきていると判断される。
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今後の研究の推進方策 |
「研究実績の概要」で述べたように、研究Ⅰの取り敢えずの総括によって浮かび上がってきた知見に基づき、今年度以降の研究Ⅱにおいては、研究協力者2が自身インタヴュアーを務めるインタヴュー調査の場において「何を感じて、何を想ったか」を研究者1が聴取していく予定である。無形の臨床的実践知の伝承の現場においては、伝承しようとする側だけでなく、継承しようとする側の個人的な要因が無視できないほどの影響を及ぼすと想定される。そこで、その潜在的要因がどのようなものかを探りつつ、インタヴュアーとインタヴュイーの個人的な資質・歴史・経験とが何らかの相互作用を及ぼしているのか、また及ぼしていると想定される場合には、どのような相互関係になっているのかをインタヴュー内容の質的研究から或る程度明らかにしていきたい。 また、当初の計画では今年度で一旦研究Ⅰを総括して、次年度から研究Ⅱに移行していくことにしていたが、インタヴュアー(研究協力者2)の態度変容には同じ条件設定でも個人的なばらつきが見られることが窺い知れるようになってきた。したがって、その質的なばらつきはインタヴュアーの個性によるものなのか、あるいは自己成長の質によるものなのかを見極めていく必要があるように思われる。このような研究協力者2の個人的な潜在的要因に関しては、細心の臨床心理面接的な調査が要請されると予想され、その対処の為に個人面接(インタヴュー調査)を当初計画より若干余裕を持って想定しておくことにする。 このことに伴って、研究協力者2によるインタヴュー経験の場の確保については、次年度以降も引き続き研究Ⅱを進める一方で、研究協力者2の個性を鑑みながら、インタヴュー調査を追加する必要性や可能性を含めて考え併せ、研究Ⅰのインタヴュー調査を実施していく予定とする。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究は学校教育現場に即した問題意識を大切にする研究とするため、インタヴュー調査においては現役教員である研究協力者2による参与観察記録が基本となっている。 ところが、本研究も3年目に入り、研究協力者2が職場の異動などにより研究を続けていく環境に変化が生じ、人によっては身体の疾患による手術・入院を余儀なくされた場合もあった。そのため、計画当初に予定していたインタヴュー調査に出掛けることができなくなったり、その後の研究協力にも支障が生じたりした。これらの要因は研究期間が長くなれば不可避の事態ではあったが、研究計画策定当初には綿密に織り込んでおかなかったため、新たな研究協力者の投入によっては回避することができなかった。 この事態に対処するべく研究Ⅰのインタヴュー調査に関しては、研究Ⅱが進行中でも必要に応じて追加実施してもらうことにするため、そのための予算を確保しておくことにする。 また、次年度から開始する研究Ⅱに関しては、先に見たように、研究協力者2の個人的な潜在的要因が想定されるため、細心の臨床心理面接的な機能が要請されると予想される。それに対処する為に個人面接(インタヴュー調査)の回数を若干余裕を持って確保しておくことにする。
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