研究課題/領域番号 |
15K04138
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研究機関 | 東北学院大学 |
研究代表者 |
堀毛 裕子 東北学院大学, 教養学部, 教授 (90209297)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | ポジティブ心理学 / 心理学的支援 / 心理学的介入 / 人間の持つ強み / ポジティブ臨床心理学 |
研究実績の概要 |
仙台市に居住する筆者は東日本大震災を経験し、また臨床心理士として被災者の支援にも継続的に関わる中で、被災者をいわゆる「弱者」として一方的に支援対象とするあり方には疑問を感じることも多かった。また、乳がん患者を対象とした筆者の研究(平成23年度~26年度科研費)においては、患者は心理的な支援を強く希望しているものの、その内容はカウンセラーなどの専門家よりも患者同士のグループによるものが中心であることを見出している。災害後の支援においては、専門家と現地のズレ(明石, 2012)や、専門家が特定の支援技術を被災地に当てはめようとするやり方が時に有害でさえある(小俣, 2012)ことなどが指摘されるようになってきた。さらにBonanno(2004)は、従来、喪失に際しては十分な悲嘆反応とそのための支援が重要と見なされてきたことに対し、実際にはそのようなプロセスを経ずに立ち直る人々も多いことを指摘している。 これらの例は、困難を抱える人々に対する心理学的支援のあり方について、重要な視点を提供していると考えられる。近年のポジティブ心理学における人間の持つ強み(strength)や健康さに焦点を当てた研究の知見を背景とするなら、従来とは異なり、支援を受ける側のポジティブな力や強みを生かした心理学的支援のあり方を考えることができよう。本研究は、そのような問題意識のもとに、支援を受ける側の人間が持つ本来の力や強みを生かした、ポジティブ臨床心理学とでもいうべき介入のあり方について、実証的な検討を踏まえつつ提言を行うことを目指すものである。 初年度である平成27年度には、国内外の文献渉猟や国際学会等での情報交換・資料収集を通して、人間の持つポジティブな力や強みに関する概念を概観し整理することを目指した。現在も概念整理の作業を継続中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、筆者自身の知見や心理学的支援に関する最近の指摘をもとに、従来のようないわば弱者に対する専門家の一方的な支援ではなく、人間の持つ強み(strength)や健康さに焦点を当てたポジティブ心理学の研究知見を背景として、支援を受ける側のポジティブな力を生かした心理学的支援のあり方を新たに考えようとするものである。4年間の研究において、ポジティブ臨床心理学とでもいうべき介入のあり方について、実証的な検討を踏まえつつ提言を行うことを目指す。 計画の1年目にあたる平成27年度には、おもに文献を通じて人間の持つポジティブな力や強みに関する概念を概観し整理することを目標とした。ポジティブな特性に関する研究は以前から行われていたものの、特にSeligmanがポジティブ心理学を提唱した1998年以降は、その領域の研究が盛んになってきた。またポジティブ心理学の応用としての支援や介入に関する研究も増加し、2011年からの英語による査読付き学術論文に限ってみても、たとえばpositive psychologyとinterventionをキーワードとしてPsycINFOで検索すると、ヒットする論文数は42,000件を越えている。 ポジティブ心理学以前の首尾一貫感覚(SOC)やポジティブイリュージョンなどに加えて、SeligmanやCarverらがそれぞれの立場から提唱した楽観性、さらに外傷後成長(PTG)やレジリエンスなど、現在は人間の持つ強みや健康さに着目した概念がそれぞれ独自に論じられる現状にある。また、ポジティブ心理学の研究はアメリカを中心に発展しているが、たとえば「幸せ」という言葉が意味するものは国や文化によって異なるといった知見も蓄積されつつあり、文化的要因に着目することも重要である。平成27年度にはこれらのさまざまな概念を概観したが、まだレビュー論文等の発表には至っていない。
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今後の研究の推進方策 |
初年度に予定していた関連概念の整理はいまだ充分とは言えないが、その作業も継続して続けながら、今後も当初の計画を進めていく予定である。 すなわち、平成28年度には、乳がんなどの重篤な疾患や震災などの被害を受けた人々に対する個別面接などを通して、困難な体験や実際に受けた支援に対する考えや評価などについて情報を得る。また、SOCや楽観性、PTGなど個人の持つポジティブな力や特性などについては、既存の尺度による測定を行い、実証的に検討を行う。さらに、たとえば医療スタッフなどの支援者からも、患者の持つ力を生かす工夫などについて情報を収集する。これらの内容から、支援を受ける立場の人々の自尊心などを損なうことなく、人間の持つポジティブな力や強みを生かした新たな介入を行うための、留意点や工夫すべき点などを析出する。 3 年目にあたる平成29年度には、これらの成果をもとに個人の強みを尊重した支援のあり方を検討し、重篤な疾患や災害など困難な体験を持つ者を対象として、問題の焦点を絞った上で、具体的な心理学的支援・介入実践のパイロットスタディを行う。 最終年度となる4 年目にはこれらの成果をまとめ、人間の持つポジティブな力や強みを生かし、支援を受ける立場となることによって弱者に貶められることのない、新たな心理学的支援・介入のあり方について、提言を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成27年度には、予定していたよりも若干の残額が生じた。これは、おもには人件費・謝金の項目の支出が少なかったためである。初年度の研究は、おもに文献の収集や学会参加等による情報収集をもとにして、関連する概念を概観し整理することが中心であったため、資料整理等のアルバイト(謝金)については、当初に予想したほどの必要性が生じなかったことがその理由である。
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次年度使用額の使用計画 |
平成28年度においては、病気や災害の体験についての面接調査や質問紙調査等に関わる旅費、そのような学外での調査に必要となるモバイルPC等の機器類や消耗品等の物品費、および調査データの資料整理等のためのアルバイト謝金が必要であり、また質問紙調査に関わる印刷費・通信費等の、その他の項目における支出も見込まれる。さらに、ポジティブな介入研究に関わる情報・資料収集のため、国内外の関連学会参加に関わる旅費も欠かせない。
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