本年度は,心理的虐待・ネグレクトの動物モデルである母子分離を用いて,新生仔期のトラウマ体験と連合したニオイが成体期の情動行動に及ぼす影響を検討した。被験体としてWistar-Imamichi系雌雄ラットを用いた。 まず実験1では,生後1日目から14日目までの14日間に毎日3時間,母ラットと仔ラットを分離し,母仔分離時にニオイ(2-phenylethanol)を提示した。成体期において,新生仔期母仔分離時に提示したニオイに対する接近行動と,そのニオイ提示下での条件性恐怖反応を測定した。その結果,雄では,新生仔期母仔分離時のニオイに対する一時的な探索行動の増加がみられた。実験2では,実験1での結果をふまえて,母ラットのニオイ体験の統制や文脈恐怖条件づけで用いるフットショック強度を強める等の手続きの一部を変更して,さらに検討を行った。特に文脈恐怖条件づけについては,新生仔期母仔分離に提示したニオイ提示下とニオイ非提示下での条件性恐怖反応を比較した。その結果,雌では,新生仔期母子分離時と恐怖条件づけ時の両方でニオイを提示された群の条件性恐怖反応は,他の群よりも高かった。 以上の結果から,新生仔期母仔分離時に経験したニオイは,成体期での恐怖反応を増強すること,そしてその効果には性差があることが示唆された。本研究の結果は,トラウマ記憶とニオイの連合メカニズムの解明や,幼少期の虐待による精神疾患への心理的介入や新たな治療法の開発に非常に有益であると考えられる。
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