研究課題/領域番号 |
15K04216
|
研究機関 | 武庫川女子大学 |
研究代表者 |
松下 良平 武庫川女子大学, 文学部, 教授 (50209540)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2020-03-31
|
キーワード | 道徳教育 / 学習 |
研究実績の概要 |
①道徳・倫理の多元性に依拠した道徳教育における学習過程の理論的構造の解明、および②「呼応モデル」の学習論がもつ道徳教育の側面の解明、この2つの課題を並行的かつ相関的に進めるのが本研究課題の目的である。 平成30年度において、①については、道徳に固有の見方・考え方が困難な状況下で、道徳・倫理の多元性を前提にした「考え、議論する道徳」を阻むものに目を向け、道徳科で解決すべきさらなる課題の解明を研究目的とした。国家や経済や法や行為誘導装置が道徳の領域を侵蝕し、なぜ道徳という見方・考え方が必要なのかがわからなくなっている社会では、多様な道徳・倫理観の対立をめぐって「考え、議論する」意味が不明になりかねない。そこで道徳科においては、一旦身につけた一面的で虚偽的な道徳を「アンラーン」(学び直し・学びほぐし)して、人類の歴史的文化遺産としての道徳・倫理の多元性を改めて発見する必要があることを論じた。 また②については、AIや認知科学をめぐる近年の哲学的議論とも関連づけながら、学習の「呼応モデル」のさらなる解明を試みる中で、今次学習指導要領の基本理念である「資質・能力」論や「主体的・対話的で深い学び」論にそのモデルを応用してみることを研究目的とした。具体的にいえば、学習の「呼応モデル」の核心部に「前理解」という概念を置くことにより、そのモデルの構造をさらに明確化した。そこから見えてきたのは、旧来の学習の「因果モデル」を前提にして「資質・能力」や「主体的・対話的で深い学び」を構想することの致命的な問題点であった。さらに、より包括的な観点から「呼応モデル」の学習論の意義と可能性を明らかにするために、日本の近代学校の歴史を顧みながら、今日の学校教育の限界を指摘することを通じて、新たな教育の構想の必要性について論じた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題での研究は平成27年度から開始された。①道徳教育における学習過程の理論的解明と、②学習に伴う道徳教育の側面の理論的解明を相互に関係するものとして捉え、その解明を一体のものとして進めてきた。もう少し詳しくいえば、①「道徳教育についての実践的・実証的研究の前提となっている理論枠・概念枠、さらには(道徳や倫理を)学ぶことについての理論の一面性を乗り越え、道徳教育の実践や研究のためのより包括的な理論的枠組みを構築すること」、および②「学習の『呼応モデル』論と道徳教育論を接合することによって、道徳・倫理の多元性を踏まえて、道徳・倫理の多元性に依拠した道徳教育における学習過程の理論的構造、および学習することに内在する道徳教育的側面を解明すること」を目的としていた。 平成31年(令和元年)度までの5年に及ぶ研究計画であり、30年度で4年目を終えたが、上記の目的に沿ってほぼ予定通りかつコンスタントに研究は進行しているといえる。研究論文や学会発表等を通じて研究成果も毎年一定程度公表してきた。 平成30年度については、①および②のそれぞれに関連して学会でシンポジウムに招待されたこともあり、順調に研究は進んだが、その成果の一部の公刊は31年度に残されている。30年度はとりわけ②については、「資質・能力」論や「主体的・対話的で深い学び」論というきわめて今日的な教育課題への応用と、日本の学校教育史という大きなスパンからの考察の両面からアプローチができた。また①についても、「考え、議論する道徳」が、教える側の工夫では対応できない問題、つまり学習する側の学習過程に深く潜む問題と関係していることを解明できた。いずれも本研究課題におけるこれまでの成果を活かしながらも、自らの研究にとって新たな次元を切り拓くものとなった。
|
今後の研究の推進方策 |
平成31年(令和元年)度においても、①道徳・倫理の多元性に依拠した道徳教育における学習過程の理論的解明と、②学習の「呼応モデル」がもつ道徳教育の側面の理論的解明を並行的かつ相関的に進めていく。本研究課題としては締めくくりの年度になるが、もとよりこの二つの下位課題はスパイラル的に高次化していくのであって、5年間できれいに片が付くようなテーマではない。いずれモノグラフとしてまとめることを想定しつつ、一定の構造化をさらに追究して、包括的な理論的枠組みの提示をめざしながらも、同時に次の研究課題へと発展させていくためのシーズも生みだしていきたい。 そこで平成31年度には、①の「道徳教育における学習過程の理論的解明」という課題に関していえば、道徳科の理論的基礎を取りまとめながら、これまでの研究成果を教育実践に応用する試みとして、教育内容・教育方法面での手がかりも探っていく予定である。 ②の「学習の「呼応モデル」がもつ道徳教育の側面の理論的解明」については、平成30年度の中心的テーマとなった「前理解」概念のさらなる解明に努めながら、道徳教育とも関係の深い情動(パトス)の問題にも踏み込んでいく。「主体的・対話的で深い学び」論では、「性格」「態度」「人間性」など情動面が重視されているが、学習において情動はどのような役割を果たすのか――「非認知的」側面とみなしてよいのかどうか、価値や善の問題とどのように関係するのか――、AI・ロボットや動物との対比も視野に入れながら探究し、人間の学習の特質に少しでも迫ってみたい。また、それらの成果を教師教育論やデューイ思想研究にも応用してみる予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
●理由 平成30年度も文献等にかかる費用が相対的に少なくても研究が進められたことが基本的な背景としてある。科研費購入図書の扱いに所属組織が制限を付けており、購入図書を自由に利用しにくい事情があるとはいえ、平成30年度には大型図書も購入した。ただし人件費については、研究補助を依頼できる適任者が学内やその周辺ではなかなか見つからない事情があり、利用に至らなかった。 ●使用計画 本年度は図書購入だけでなく、モバイル型パソコンの更新も必要になっている。大学からの研究費や研究旅費が年々減額されており、研究資金が不足している現状と、学部資金の獲得が研究業績として評価される状況が合わさって、研究のための外部資金としての科研費は必要だが、出資は国民の税金である。節約しても研究が予定通り進むのであれば、無駄に使用することはないように本年度も心がけたい。
|