これまで学校保健の歴史といえば政府による学校衛生制度の歩みのことであった。そこで本研究では、明治15年前後から全国各地に発足した私立衛生会に着目し、その活動を検討することで地域と学校現場の学校衛生史の一端を明らかにした。資料はそれらの機関誌を用いた。 その結果、新潟では、学校医による三島通良の発育研究の応用、トラホーム治療の論議、教員が発信する衛生研修活動が、京都では、政府による学校医制度の前に学校医建議案が浮上し、また初期学校歯科衛生活動の事例もあり、大阪では、学校医がトラホーム撲滅策を説いていた。地域が発信する新構想や活動があり、現学校保健システムとは別の選択肢もあったことがわかった。
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