本研究の目的は、ガダマーの哲学的解釈学を中心とした一般教養の理論に依拠しつつ、学習者の問いを喚起する教養教育の可能性を提示することである。その主要な論点は次の二点である。一、グローバル化した社会で学習者が自ら問いを立て、その答えを模索していくための教養教育はどのような理念、内容、方法を持つのか。二、ガダマーが一般教養の教育の拠点として重視した一般教養講座「ストゥディウム・ゲネラーレ」(Studium Generale)の理念と実態はどのようなものか。これらの点の解明により、本研究は異なる文化的背景を持つ他者と対話しつつ共生していく社会を実現するための教養教育の可能性について、理論と実践の両面から検討するものである。 最終年度は、テクストとの対話、他者との対話、自己自身との対話から成る解釈学的な研究実践の意義と、そのような研究実践を可能にする教育空間の可能性を検討した。ガダマーにとって解釈学的な研究実践は、伝承や翻訳によって時代の隔たりや異文化間の差異を媒介し、新しい意味地平を形成していくプロセスである。このプロセスは自由と連帯を実現していく社会的実践でもある。このことから、解釈学的な研究実践は自由と連帯を希求する対話の理念を目指しつつ、学習者の問いを喚起するような文化内容を選択・提示することによって、学習者に市民的公共圏への参加を促していくような教養教育の可能性を示唆している点が明らかになった。そのような教養教育を成立させる空間として構想されたストゥディウム・ゲネラーレは、学問の統一性を実現し、学生の政治的教養や社会的責任の意識を形成するため、教師と学生を結びつける学問共同体、学生同士を結びつける生活共同体、大学と社会を結びつける市民的公共圏となることが目指されていた。しかし、理念と実態の間には乖離もみられたため、教育空間の成立条件を提示することは今後の研究課題となった。
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