2018年4月から9月までドイツのミュンヘン大学哲学部に客員教員として在籍し、バイエルン州立図書館にて文献調査を実施した。とりわけヴェネツィアとバーゼルで刊行された、クリソロラスのギリシャ語教科書『Erotemata』の諸飯(1512年、1542年、1543年)を手に取り、内容を細かに確認できたことは、有益であった。これらの版に共通の特徴は、ギリシャ語動詞の活用や形容詞の格変化について、解説はあるが、表がない、ということである。このことは、もしもこれらの著作を教科書として用いた場合、学習者にとって大きな負担となり得る。もっとも一つの版(1512年、Aldus版)では、不規則動詞に関してはアルファベット順に活用が列記されてはいる。他方、すべての版は、教師が生徒に問いを提示し、生徒がそれに答えるという形式を取る。問いを意味するErotemataというタイトルはここから発するのだろう。これらのことを総合的に考えると、本書は、従来考えられているようにギリシャ語の教科書ではなく、教師がギリシャ語教育に用いるマニュアルではなかったかと思われる。なお、1546年のバーゼル版では、テキストはギリシャ語のみであるが、それ以外に参照したヴェネツィア版では、ギリシャ語とラテン語が見開きで対応するように列挙されている。これも、生徒のためというよりも、ラテン語に不慣れなギリシャ人教師のためのものと考えることもできよう。このように、『Erotemata』について、新たな視点が得られたことは貴重な成果である。なお、ミュンヘン滞在中には、格安航空券や汽車を使って、ベルギー、イギリス、ローマ、パリ、ドレスデン、ウイーン、イスタンブールの図書館を視察し、ルネサンスとビザンチンの言語教育に関する見識を深めることができた。
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