幼児教育・保育史研究の中で、終戦前後の保育の実際に焦点を当てた研究はほとんどなされていないため、資料の発掘、収集を行い、幼稚園・保育所の保育の実際を明らかにすることに取り組んだ。3年間の研究を通して、幼稚園786、保育所387にアンケート調査を行い、233ヵ所から資料があるという回答を得た。そのうち108ヵ所を訪問し、郵送及び以前に収集した分を含め、125ヵ所の資料を収集できた。 最終年度には、資料収集と、資料の読み取り・分析を行った。調査対象となる施設の確定に時間がかかったため、資料収集は11月までかかった。想定以上の保育日誌・園日誌が残されていて、その読み取りには多くの時間を要したが、研究協力者を含めた4名で分担して進めた。 報告書の作成にあたって、収集できた資料から、「保育日誌等の記録にみる保育の実際」「記念誌等にみる保育の実際」「写真・アルバムにみる保育の実際」に分けてまとめることとした。中でも「保育日誌等の記録」を中心にし、「昭和15年前後」「昭和19年から敗戦まで」「敗戦以降」に分けて、幼児教育・保育の現場が戦争の影響をどのように受け、敗戦をどう受け止めて戦後保育の歩みを始めたのか、実証的に明らかにすることに努めた。ここで対象としたのは国公立幼稚園16、私立幼稚園13、私立保育所4(同系列は1と数える)である。残されている日誌等は1年分ないところもあれば、数年分あったところもある。 戦前戦後の比較をすると、行事に関しては、昭和15年前後でも「勅語奉読」「宮城遥拝」などが儀式の時に行われ、19年になると、「天皇陛下万歳三唱」など、より戦時色が濃いものになっていく。遠足や運動会、遊戯会等は、保護者や地域の人も参加する楽しい行事であったが、取り上げる内容には戦時色がみられ、運動会は「体錬会」というところもあった。保育内容で戦争関連の題が多いのは、遊戯・唱歌であった。
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