研究課題/領域番号 |
15K04357
|
研究機関 | 東洋大学 |
研究代表者 |
平畑 奈美 東洋大学, 文学部, 准教授 (70520906)
|
研究分担者 |
西山 教行 京都大学, 人間・環境学研究科, 教授 (30313498)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
|
キーワード | 女性の国際的キャリア形成 / 国際ボランティア日本語教師 / 日本語教育人材育成 / 言語教育政策 / グローバル人材育成 |
研究実績の概要 |
本年度は、中央アジアのウズベキスタン、および欧州のフランスとイタリアで、聴き取りデータの収集、また国内の学会で研究成果の発表を行い、論文も発表した。 聴取対象者は、昨年度までは国際ボランティア日本語教師に絞ってきたが、選抜条件を拡大し、海外の日本語教育現場で働き、生計を立てる日本人女性も含めることとした。これにより、国際的教育場面で働く女性労働者が共通して抱える問題点を包括的に把握することができるようになった。海外の教育現場としては、日本と日本語への関心は高いが言語教育体制の整備が遅れているウズベキスタンと、先進国であり、世界の言語教育の中心地のひとつでもあるフランスを、対照的なデータを確保するための調査候補地として選定した。両国での調査は、それぞれの首都、および複数の主要都市で、その地の教育機関に赴き、活動現場の実態を確認しつつ、対象者のキャリア形成に関するライフストーリーを聴くという形で行った。聴き取りの結果、国際ボランティア参加女性教師と共通の問題点を、国際的教育場面で働く多くの女性たちが抱えていることが明らかとなった。この調査結果の一部は、3月に公開した論文にまとめた。 その他の研究成果についても、2つの学会で報告した。さらに2018年1月には、東洋大学を会場として国際シンポジウム「海外への日本語・日本文化発信を担う人材育成を考える」を開催し、科研課題についての研究報告を行った。このシンポジウムでは、ロシアの共同研究者と、フランスの研究者から、日本人日本語教師の現地での活動状況と課題が報告された。また、日本語教育人材育成をテーマに、慶應大学名誉教授鈴木孝夫氏が、講演と、早稲田大学名誉教授の川口義一氏との対談を行い、全国からの参加者を集めた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本科研研究の終了年度は次年度末となった。研究代表者の移動や協力者の急逝などにより、当初の研究計画から遅れが生じたためであるが、研究全体としては動きを見せており、本年度は着実な進展があった。 本年度、ウズベキスタン、イタリア、フランスで行った調査により、各地での日本語教育の様相と、現地での日本語教師のポジショナリティの差異を確認することができた。 特に先進国において、日本語教師は、高い現地語力や学歴の要求される専門職であり、大きな努力と業績を積み重ねなければ、日本語教師としてそこに存在することができない。高い教育を身につけてきた人間としての、専門性獲得へのこだわりが、その関門を乗り越える上で効果的に作用する反面、その専門性に対する社会からの評価、処遇は、しばしば期待したほどではなく、そのことが日本語教師の自己不全感を増大させている。一方、特に発展途上国とされる国の教育現場で、そこに住むための手段として日本語教師を捉えている場合には、日本語教師であることは逆に彼女らの自己効力感を増大させることになるが、帰国後は急激な評価の低下に悩むことになる。 一連の調査から確認されたのは、近年の日本語教師養成の課題、日本語教師の抱える悩みが、各種メディアで取り沙汰されている、金銭面での「低待遇」に集約されるものではないということである。確かに、国内の若年層の大多数にとって、低待遇はキャリア形成への負のインセンティブとして働く。ただし海外でプロフェッショナルとして働く、あるいはそれを目指す日本人女性の場合、低待遇は折り込み済みであり、キャリア形成への障害とはなっていない。実際に彼女たちが問題視するのは、自身の仕事に対する社会の低い位置づけによって、セルフイメージが傷つくことであると調査結果は示している。今後、そのプロセスをより詳細に見ていく必要があると考えている。
|
今後の研究の推進方策 |
日本国内においては、「日本語教師の専門性とは何か」が再び議論されはじめているが、それはあくまでも日本国内の日本語教育現場での「専門性」である。海外に送り出す日本語教師を養成し、そのキャリア伸長を考えるためには、日本語教師の働く環境毎に、教師のポジショナリティの違いを把握し、その上での専門性を考えることが重要であり、これを整理することが次年度の課題であると考えている。 本年度行ったフランスでの調査からは、その国の、言語政策、ないし言語教育に対する姿勢が、教師のキャリアプランにも強く影響することが示唆された。フランスでは、日本語教育は義務教育に組み込まれているものではないが、日本語教師は、資格試験に合格し、かつ一定の条件を満たせば教育公務員として終身雇用されることが可能である。日本生まれの母語話者日本語教師の中にも、フランス国籍を取得し、教育公務員としてフランスで奉職する教師が複数存在する。こうした有資格者優遇制度は、日本語教師のモチベーションを高める上で、また現地の教育を活性化する上でも有効に働いている。 フリーランスや、非正規雇用者として働くことの多い日本語教師の技量を高め、かつその生活の質を高めるためには、その教師の働く国で、教師の専門性とは何かということが、人々の目に見える形で提示され、共有されていく必要がある。海外で活動した日本語教師が日本に帰国した時も、海外で磨いた専門性が、国内でも評価されうるものであれば、そのキャリアは継続性のあるものとなる。しかし、日本には、フランスのような、日本語教師のエリート性を公的に担保する基準がない。この問題を掘り下げ、これが教師たちのセルフイメージにどう影響するかを調べていくことが、次年度の課題と考えている。
|
次年度使用額が生じた理由 |
これまでに蓄積した研究データの分析から、研究課題に若干の変更が生じた。これに対応する必要があり、研究計画全体の見直しを行った。また特に本年度は、代表者の所属先移動や協力者の急逝などもあり、本科研研究は終了年度を一年延長した。 残金は次年度のデータ収集(海外の日本語教師に対する聴き取り調査)および成果発表(学会発表、および書籍ないし報告書の刊行)に用いる予定である。
|
備考 |
モスクワ国立大学アジア・アフリカ諸国大学のタチアナ・リハチョワ上級講師が、科研課題に関連して、ロシアにおける日本語母語話者教師の位置づけと活動課題の変遷について研究を行った。同氏は招聘に応じて来日し、2018年1月のシンポジウム「海外への日本語・日本文化発信を担う人材育成を考える」にて、研究発表を行った。
|