研究課題/領域番号 |
15K04364
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研究機関 | 山口大学 |
研究代表者 |
田中 理絵 山口大学, 教育学部, 准教授 (80335778)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 児童虐待 / 再生産 / 社会化 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、「児童虐待の再生産」に関わる諸要因および問題点について、実証的・理論的研究において析出し、児童虐待を経験した後の子どもの社会化パターンを成人期まで長期にわたって解明することである。「児童虐待の再生産」論は言説として一般に広く流布しているが、児童福祉現場では必ずしもそうとまでは言いきれないといった知見も出ている。この点を含め、子ども期に虐待被害にあった者が、教育機関・福祉施設で様々な大人(たとえば教員や職員、心理士等)とどのように関わることで、自己イメージを作り、そして親になるのかについて丁寧な生活史調査で明らかにする。 平成28年度は、1.児童虐待の被害経験者への支援を長年にわたって行っている小学校教員へのインタビュー調査、2.虐待被害にあった男性への聞き取り調査を実施した。1.の調査対象者は、20数年間にわたって児童虐待問題の対応・対処を実際に行ってきた教員であり、子どもが成人した後にも関係を保っていることから、児童虐待経験者に長期にわたってどのような問題が生じるのかを知る重要な情報提供者である。同時に、これまで殆ど児童虐待へ対応がなされてこなかった教育現場においても、近年変化が生じてきたことを実感している情報提供者であり、本研究に於いて重要な位置づけをもつ。2.の調査は、10数年間にわたる継続調査の一環であり、子ども時代に行った調査の経験や将来へ飲み込み、家族関係への評価・考え方について既にデータを得ているので、それがどのように変化しているのかについて調べるものである。 さらに、虐待が子どもの発達に影響を及ぼすことについて、これまで提出されてきた科学的知見について、平成28年度は、前年度に引き続き、精神医学や脳神経学などの研究を集め、同時に家族というものの社会的言説について研究を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
児童虐待研究の最大の難所は情報提供者を見つけることである。しかし、虐待被害者の主観から、長期にわたる生活過程(社会化過程)を実証的にとらえ、どのような二次的被害(社会側が引き起こす教育機会の剥奪や生活環境の見過ごし、差別的なまなざしといった問題)が起きて、それへどのように対応しているのかを知ることが出来なければ、必要な対応・法の検討がすすまない。それに対して、本研究は幸いなことにインタビュー調査への協力者を見つけることができており、交付金のおかげで継続的な調査研究が実施できている。また、今後の面接計画も着々と進めることができる。 特に平成28年度は、児童虐待を受けた子どもを取り巻く環境について、長年対応にあたってきた学校教員への聞き取りによって課題を発見できたり、児童相談所の専門家(児童福祉司のなかでもスーパーバイザーにあたる者)に対して、より高度で最先端の研修を実施できる日本で2つしかない専門機関の1つで聞き取り調査および見学ができたことで児童虐待への社会的対応の進み具合についても知ることができた。 こうした調査を通した知見をベースに、虐待被害児童の置かれている多層的で複雑な立場への理解が深まり、児童虐待の再生産の背景には社会的・経済的要因だけでなく、人的・教育的課題が大きく関与しているのではないかという仮説を得られたことは大きな成果である。
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今後の研究の推進方策 |
【実証的研究】児童虐待経験者および学校教員・児童福祉施設職員に対する面接調査の実施 平成28年度に引き続き、子ども期に虐待被害に遭い、成人した者に対する聞き取り調査を行う。特に、現在家族を持って子育て中の対象者には、そこに至るまでに遭遇した問題・課題および再生産言説への意識に焦点をあてて生活史的事例を収集し、分析・考察を蓄積する。その際、本研究ではその事例収集を全国区に拡大し、長期にわたる生活史をあつめることで虐待経験が子どもの社会的発達に及ぼす影響過程だけでなく、それに対して得られた対処・対応の違いについても明らかにする。 また、児童相談所における児童虐待問題のスーパーバイザーと学校教員への聞き取り調査を行うことで、虐待問題が「今」起きている家庭への介入の仕方や、どのような点で困難が生じるのか等の課題も明らかにする予定である。これらについては、平成28年度において、既にプレ調査を実施しており、調査協力を得られる手はずは整っている。
【理論的研究】 上記、実証研究の分析を通して、児童虐待という経験が子どもの日常生活に及ぼす影響だけでなくこれまで看過されてきた介入の問題点が析出される予定である。ただしそれらは複雑に絡み合っているため、個々の要因を切り離して考えなければならない。そこで、福祉政策、心理的ケア、ソーシャルワーク的ケア等に関する理論枠組みについて文献分析をそれぞれ行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
予定していた遠方の調査対象者の新たな妊娠・出産のため、次年度に調査を延期したことで、それにかかる旅費、専門的知識提供への謝礼、テープ起こしに掛かる謝金が持ち越しとなった。特に、学校教員・児童虐待専門施設での調査謝金は、ご本人たちから不要と言われたこともあり、予定していた謝金は不要となった。
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次年度使用額の使用計画 |
平成28年度に延期した調査を平成29年度中に実施する予定である。また学会での発表、論文執筆の計画もできている。
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