本稿では,サルトル,J.P.『存在と無―現象学的存在論の試み―』における自由と遊びに関する思索を手掛かりとして,管理主義的な生徒指導の問題を明らかにすると共に,昼間定時制・通信制課程を擁する私立高校(仮にA高校とする)の実践を例として,管理主義的な生徒指導を乗り越える生徒指導の在り方を考察する。我が国では1970年代~1980年代の戦後第3次非行多発期に,自由と遊びを求める遊び型非行が横行した。我が国の学校はこうした非行に対して,児童・生徒の自由と遊びの統制を本質とする管理主義的な生徒指導で対抗した。確かに,こうした生徒指導は,確かに戦後第3次非行多発期を乗り切る上で一定の効果を持ったが,最終的には①行き過ぎた校則②教員による体罰③児童・生徒間のいじめという副作用を招き,我が国の学校教育に打撃を与えた。我が国の生徒指導は以上のことへの反省に基づき,1995年のスクールカウンセラー導入によって方向転換した。しかし,我が国では,2000年代半ば以降管理主義的な生徒指導が「毅然とした生徒指導」の名で復権し,こうした生徒指導の弊害であった体罰も再発している。 確かに,学校で児童・生徒の自由と遊びを放任すれば,学習の場としての秩序を維持できない。しかし,児童・生徒の自由と遊びを完全に統制すれば,学校は軍隊や刑務所同然の場になってしまう。それゆえ,今後の学校では,子どもの自由と遊びを或る程度まで容認する生徒指導が必要である。また,こうした生徒指導の下で学校の秩序を維持するためには,児童・生徒自身が学校運営に参加する自治的な試みが必要である。本稿では以上の問題意識に基づき,不登校経験者等など多様な生徒を受け入れているA高校で,児童・生徒の自由と遊びを容認する生徒指導及び生徒自身が学校運営に参加する自治的な試み(三者協議会)がいかに行われているのかを明らかにする。
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