平成29年度は、追加の日本及び韓国の教育現場と教師研修会におけるフィールドワークを行い、分析作業と成果発表のための作業を中心に行った。特にここでは韓国にルーツを持ち、日本で生まれ育った在日コリアン三世の日本語教師一名のアイデンティティ変容の物語を事例研究の報告を行う。本研究においては言語教師のアイデンティティを多層的で時とともに変容する動態的なものであると定義づけ、教師の個人史と具体的な授業実践の中に見られるアイデンティティを探ることを試みた。具体的には、1990年代、在日コリアン二世の父親とニューカマーの韓国人の母親のもとに日本で出生し、日本語環境の中で育った在日三世の女性が、いかに自身のルーツがある国(韓国)やその国の言語(韓国語)を位置づけ、韓国語学習や日本語教師資格取得を志すようになり、「自身のルーツの国で教える日本語教師」というアイデンティティを構築していったか、自身が蓄えてきた複言語・複文化をどのように意味づけ、価値づけているか、またそのアイデンティティは授業の中にどのように表出されているかをライフストーリー・インタビューと授業参与観察の2つの研究手法より得られたデータから考察した。本研究は限られた対象の事例を示したものにすぎないが、その結果は、外国にルーツを持つネイティヴ日本語教師の教育実践が、日本と祖国の複雑な関係性やイデオロギーなど様々な外部の力に揺さぶられ、時にアイデンティティの葛藤にもがきながら、複言語・複文化を自身の中に蓄積し、周囲の友人やネットワークの力を活用しながら「なりたい自分」に近づくという個人の生き方と隣り合わせにあるものであるということを示唆した点で、貴重な事例を示したと考えられる。
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