平成30年度においては,シンガポール国立公文書館に残されていた自治州時代の教育省シラバス・教科書委員会の議事録を調査した。自治州の成立とともに高まった統合意識が,美術教育の教育課程や内容策定の議論に反映されていることが確認された。 また,南洋理工大学Chinese Heritage Centre図書館において,自治州以前の華語系学校で使用された美術用図書を調査した結果,当時の華語系学校における美術教育に対する認識は,東アジア及び東南アジアの華僑・華人社会で共有されていたことが確認された。 1980年代後半から1990年代の教育省カリキュラム開発研究所(CDIS)の美術プロジェクトチームのリーダーであったYew Hock Banと面会し,1990年代初頭のシラバス策定と教科書の改訂における多文化主義の基本姿勢について確認した。また,1990年代に教育省の美術教科調査官であったCheong Fong Linに面会し,当時の美術教育におけるエスニシティの取り扱いについて説明を受けた。 南洋理工大学シンガポール国立教育学院の美術教育担当講師Kehk Bee Lianに面会し,2018年から実施されているシンガポールの小学校美術シラバスについて説明を受け,過去のシラバスとの関連性について明らかにすることができた。 これらを通して,シンガポールの美術教育では,中立的な西洋美術とともに,民族の伝統的な造形文化を教育内容に取り入れ,共通性と個別性の両側面から国民統合を図ろうとする手法が初期段階からとられていることが明らかになった。1980年代前半から刊行された美術教科書はこれを支える強力なメディアとして作用し,エスニシティの可視化を通して自国美術を創出するシンガポールの美術教育の機能が明らかになった。
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