研究課題
本研究は、ジョセフソン接合が原子レベルで積層した構造をもつ高温超伝導体Bi2Sr2CaCu2O8+δを使うテラヘルツ波発振デバイスの高周波数化、高強度化と動作温度の高温化を目的としている。今年度は、論文発表を2件、学会発表を12件行った。論文の1件はデバイスの心臓部であるメサ構造内の電位分布を観測したものである。発振周波数はジョセフソン接合にかかる電圧に比例するため、発振特性の理解に直結した研究である。他の1件は三角メサ構造に関する理論的研究であり海外の協同研究者により発表されたものである。学会発表は、発振出力の高強度化に向けたアレイ化とウェットエッチングによる作製の現状、高周波数化と動作温度の高温化に向けた高廃熱構造と、温度分布の測定技術に関する研究などについて報告した。本年度は、昨年度開始した、高強度化を目指した発振デバイスのアレイ化を中心に研究を進めた。昨年度購入した高精度小型切削機を用いて、アルゴンイオンミリング用および蒸着用のメタルマスクを作製し、アルゴンイオンミリング加工、真空蒸着、スパッタなどにより、発振デバイスの2×7までのアレイを作製した。また、同切削機を用いて、アレイ化した発振デバイス間の電磁気的結合を促進するマイクロストリップ構造を構成するための試料ホルダーを作製し、テラヘルツ波の測定実験を行った。さらに、ウェットエッチングによる発振デバイスの作製法の開発を進め、発振デバイス間の電磁気的結合を高めるためデバイス間の間隔を10 umにまで狭めたアレイの作製に成功した。また、メサ構造内の電位・電流・温度分布観測の研究から得た知見を基に、ジョセフソン接合にかかる電圧を外部から制御することによって発振出力を高強度化する着想を得ることができ研究に着手した。本年度の交付金のほとんどは、アレイ化したデバイスをバイアスするローノイズ電圧・電流ソースの購入に充てた。
3: やや遅れている
発振の高周波数化と動作温度の高温化については一定の成果が出ているが、本研究課題の中で最も重要なテーマと位置づけている高強度化の研究が遅れている。27年度に発振デバイスのアレイ化の研究を開始して以降、作製過程で様々な課題が現れてきた。アレイを作製するために従来よりも大きな結晶を用い、かつ廃熱性を上げるため薄く劈開しなければならないが、大きな結晶を薄く均一に劈開する難しさ、大きな結晶を基板に一様に接着する難しさ、アレイ内の各素子の特性を揃える難しさ、超伝導体基盤部を取り除いたいわゆるスタンドアローンメサ構造での電流リードと素子の間の接触抵抗などの問題に直面した。28年度は作製プロセスの改良に取り組みアレイ内の各素子の特性をかなり揃えることができるようになってきたが、アレイ内素子の協調動作の実証となる発振出力の増強や発振周波数の引き込み現象を確認できていない。
発振の高周波数化と動作温度の高温化については一定の成果が出ているので、今年度も昨年度に引き続き、本研究課題の中で最も重要なテーマと位置づけている高強度化の研究に力を注ぐ。発振デバイスのアレイ化と、新しく着想を得たジョセフソン電圧を外部から制御することによる発振出力の高強度化の、2つのアプローチで研究を進める。後者は発振線の高品質化にもつながると考えている。アレイ化については、4~14のメサ素子からなるアレイの改良を進める。昨年度に引き続き作製プロセスの改良を進め、歩留まりを上げるとともに素子の協調動作に不可欠なアレイ内の各素子の特性を揃えることに努力する。ウェットエッチング法によってデバイス間の間隔を10 umにまで狭めたアレイが作製できるようになってきたので、ウェットエッチング法による研究を加速する。アレイ化した発振デバイス間の電磁気的結合を促進しテラヘルツ波を効率良く取り出すための構造を改良し、協調動作による発振出力の増強を実証する。ジョセフソン電圧の制御については、本研究に最適なデバイス構造を考案し試作するとともに、発振強度と高分解能でスペクトルを測定できる測定システムを構築し、発振出力の増強に向けた研究を推進する。
今年度の交付金のほとんどを、当初計画していなかったアレイ化したデバイスをバイアスするためのローノイズ電圧・電流ソースの購入に充て測定システムを整備した。これは、アレイ化したメサデバイスの実験研究を始めバイアス系の整備が必要であることが判明したこと、および新しく着手したジョセフソン電圧制御による発振出力の高強度化と発振線の高品質化の研究に高品質電源が必要となったためである。消耗品購入費用、旅費および共用研究設備使用料などは、校費、および本研究課題の研究分担者であり基盤研究(A)(課題番号15H01996)の研究代表者である門脇和男教授、および協同研究者である柏木隆成講師の協力により賄うことができた。このように、交付金の使用計画を大きく変更したため次年度使用額が生じた。
デバイス作製の効率を上げるとともに、アレイ化したデバイスの協調動作の実現に向けた研究、およびジョセフソン接合にかかる電圧を外部から制御する研究をさらに進めるため、金属薄膜を作製する簡易型スパッタ装置を共同研究者らの協力も得て協同購入することを計画している。消耗品費として、発振デバイスを作製するための金メッキアルミナ基板などの資材、超伝導体結晶ミリング用の精密金属マスク、化学薬品、高精度小型切削機用の加工工具など、および発振デバイスと検出器の冷却に必要な液体ヘリウム、液体窒素の購入に充てる予定である。また、研究代表者および大学院生が学会で成果を発表するための旅費の一部を本研究費で賄う。
すべて 2017 2016
すべて 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 2件、 査読あり 2件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (12件)
Journal of Physics: Condensed Matter
巻: 29 ページ: 015601-1-15
10.1088/0953-8984/29/1/015601
Superconductor Science & Technology
巻: 29 ページ: 065022-1-9
10.1088/0953-2048/29/6/065022