加速電子バンチからのコヒーレント放射は、THz域(ミリ波、サブミリ波領域)の光成分を持ち、他にない強力な単極電場を持つピコ秒パルス光(半サイクル光)の生成が可能である。この光量子ビームの生物への作用について、新たな研究領域を開拓するために研究を行った。京大原子炉実験所Lバンド電子ライナックにおいて、申請者らが世界に先駆けて独自に開発したコヒーレント遷移放射光源を利用した。加速器条件を変えて光源の特性を詳細に調べるとともに、パルス的に高電界が印加できる半サイクル光の生成条件を求めた。光は、幅約3 ピコ秒のパルス光が770 ピコ秒間隔でパルス列を形成する。全体のマクロパルスの幅を、数ナノ秒から4 マイクロ秒まで変化させた。照射条件の高度化のため、吸収分光と光照射が同時に行える新たな計測・照射系を開発した。本研究の目的の一つは、生体の基本構成物質である水の新たな物性の探索である。光の吸収を調べた結果、光強度に依存する非線形現象の可能性が明らかになった。また食塩水では、わずかな食塩濃度の違いで、透過率が大きく変化する挙動が明らかになった。もう一つの目的は、光照射に起因する生物の生理活性の探索である。試料として、標準的な菌および微生物(大腸菌、酵母、ユーグレナ藻)と細胞を選んだ。無水石英板にはさんだ厚さ0.5 mm以下の水に生物試料を浮遊させて光照射を行った。大腸菌や酵母では、照射後に培地での培養における増殖率の変化を調べ、定量化して結果を評価した。ユーグレナ藻では、光照射中の挙動を観察した。結果として、これまでに生物への明らかな影響は観測されなかった。しかし、より高強度での照射、半サイクル光の特徴を活かした照射条件の開発、より繊細な変化を調べる手法が必要であるという重要な指針が得られた。これらの研究成果を、報文および国内の学会で発表した。
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