研究実績の概要 |
Mを境界付きの3次元多様体とする. Mの基本群は左不変順序群であるが, 両側不変な順序を許容するとは限らない. 従ってMそれ自身の基本群が両側不変順序群になることは特別な場合である. その一方でMが双曲3次元多様体の場合は, 基本群のある有限指数部分群が, 両側不変順序群になることが知られている. 本年度は(問題1) Mの基本群が両側不変順序群になるのはどのような M か? について, Dale Rolfsen 氏と共同研究を行った. 特に M がファイバー多様体であるとき, (問題1)は, ファイバーのモノドロミー写像の言葉で記述できる. カスプの数が1 である向き付け可能な双曲多様体の中で最小の体積を持つものは, 8の字結び目補空間とその姉妹であることが知られている. 前者の基本群は両側不変順序群であるが後者はそうでないことが, Perron-Rolfsen による定理から直ちに従う. 一方, カスプの数が 2 である向きづけ可能な双曲多様体の中で最小の体積を持つものは, ホワイトヘッド絡み目補空間またはその姉妹(具体的には, (-2,3,8)-プレッツェル絡みめ補空間)であることが知られている. 本研究では, 前者の基本群は両側不変順序群であるが, 後者には両側不変順序が入らないことを示した. 後者が両側不変順序群でないを示すために, ファイバーのモノドロミーは, 自由群が許容するどのような両側不変順序を保たない, ということを示した. 本年度はさらに(問題 2) どのようなn次組紐が, 階数 n の自由群の, ある両側不変順序を保つのか? について取り組んだ. 今年度は問題 2 の大量の例を構成した. 一方 (問題 3) 任意の擬アノソフ組紐は, 自由群の, ある両側不変順序を保つか? という問題が本研究の懸案であったが, 今年度は問題3の反例となる擬アノソフ組紐の無限列を構成することができた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
私の研究目的の一つは, 曲面の擬アノソフ写像類の力学系的な性質(エントロピーなどの複雑さを表す量)と写像トーラスのトポロジー(幾何)の関連性に着眼点をおき, 両者の間の新しい現象, 問題を提示することである. 今年度はこの点に関して興味深い性質を持つ例を大量に構成することで, 新しい現象を提示できたと考えている. 実際, 体積が非常に小さい3次元双曲ファイバー多様体のたくさんの例で, その基本群が両側不変順序群になることを示した. また最小のエントロピーを持つ候補となる擬アノソフ組紐は, 自由群の順序を保たないこと, 言い換えると, これらの組紐から定まるある双曲絡み目補空間の基本群が両側不変順序群ではないことを示した.
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今後の研究の推進方策 |
次の3つの課題を中心に研究を実施する. 課題 1. デーン手術の意味で, マジック多様体(3鎖補空間)の親である, 最小ツイスト4鎖補空間や最小ツイスト5鎖補空間のファイブレーションの擬アノソフモノドロミーを組織的に調べたい. これによって, マジック多様体からは捉えきれなかった, 擬アノソフの最小エントロピーの漸近挙動を調べ, さらにエントロピーが小さい擬アノソフの新しい例を発見したい. 課題 2. 一般の3次元ファイバー多様体Mとそのファイバー面(fiber face)を固定する. 与えられたファイバークラスのモノドロミーやトレイントラック写像の具体的な構成を与え, その「形」(具体的にはC. McMullenが提唱した, トレイントラック写像から定まる推移グラフに付随するカーブグラフの位相型のこと)を記述したい. これによって, 漸近的にエントロピーが小さい擬アノソフモノドロミーを許容する3次元ファイバー双曲多様体の普遍的な性質を捉えたい. 課題 3. 擬アノソフ写像類の複雑さを測る不変量として, 擬アノソフ写像のエントロピーや擬アノソフ写像類の写像トーラスの双曲体積があり, 両者の関係は現在でも活発に多くの研究者が研究を進めている. もう一つの擬アノソフ写像類の不変量として, 擬アノソフ写像類が作用する曲面のカーブ複体における漸近的移動距離がある. この漸近的移動距離と前述のエントロピー, 体積などの不変量の関係を精密化したい. 特に, 一つの3次元ファイバー多様体Mを固定するとき, Mのファイブレーションの擬アノソフモノドロミーのエントロピーや漸近的移動距離の関係を, Mのファイバークラスの言葉で記述したい.
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