研究課題/領域番号 |
15K05020
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研究機関 | 信州大学 |
研究代表者 |
三澤 透 信州大学, 学術研究院総合人間科学系, 准教授 (60513447)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | AGNアウトフロー / クェーサー吸収線 |
研究実績の概要 |
当初設定した2つの研究計画のうち「mini-BAL/NALクェーサーに対する測光、分光同時モニター観測」の結果をまとめた。先行研究から4年以上に渡って継続して行った観測結果に基づき、a) mini-BAL/NAL をもつクェーサーの光度変動が電離状態変動シナリオを採用できるほど大きくないこと、b) mini-BAL/NAL をもつクェーサーの光度変動の傾向に違いが見られないこと、c) 光度変動とアウトフローによる吸収強度の変動が僅かな時間差をもってリンクしていること、などを突き止めた。本研究により、BAL クェーサーと同様にmini-BAL/NAL をもつクェーサーに対しても単純な電離状態変動シナリオは採用できないことを確認した。電離状態変動シナリオに対する補助機構の一つに、高密度低電離ガスによる自己遮蔽モデルがある。このモデルから予想されるアウトフローガスの内部構造は、クランプ状のクラウドが大量に密集しているというものである。このモデルを検証すべく、大離角レンズクェーサーSDSS J1029+2623のレンズ像を用いた多視線分光観測を行った。検出された吸収線のうち、放出速度が小さい(数千km/s以下)ものについては、すでに視線方向に対する吸収構造の違いを確認できていたが、今回あらたに放出速度が大きい(数万km/s程度)NALに対しても同様な違いがあることが分かった。NALの一部はクェーサーとは無関係な吸収物質による吸収線である可能性が排除できないが、NALの起源を確認するために一般的に用いられる部分掩蔽解析を行ったところ、66本のNALのうち24本がアウトフロー起源である可能性が高いことが分かった。さらにこれらのNALは、特定の放出速度において群れをなすことも確認できた。この傾向は、一部のシミュレーションで再現されているフィラメント構造と一致するものであり、興味深い結果といえる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初設定した2つの課題のうち「測光・分光同時モニター観測」についてはすでに全観測を終え、H28年度中に学術論文として報告を済ませている。もう一つの課題である「電離状態変動サブシナリオの検証」については現在進行中であるが、重力レンズクェーサーを用いた多視線観測というユニークな手法を取り入れることにより、接線方向に対するクラウドサイズの見積もりという視点から一定の成果を挙げている。現在までに提案されているサブシナリオは「変動する自己遮蔽シナリオ」と「変動する遮蔽物質シナリオ」のふたつである。とくに前者については吸収ガスのサイズが問題となる。クェーサーの光源近くで過電離を避けるためには自身のガス密度は極端に大きく、同時にガスサイズは極端に小さくなければならない。しかし個々のガスサイズの見積もりは困難であり、とくに接線方向の広がりについては単視線の情報しか得ることができない分光観測では不可能である。そこで現在進めているのが、大離角レンズクェーサーSDSS J1029+2623を用いた多視線分光観測である。アウトフローガスの光源からの距離を典型的な値である1pcと仮定すると、レンズ像の視線間距離は0.0001pc程度となる。視線間で異なる吸収構造が確認できたことから、アウトフロー内部の個々のガスサイズに対して極めて小さい上限値を置けたことになる。これは「変動する自己遮蔽シナリオ」の要求を満たすものである。吸収ガスの時間変動性についても、過去3回にわたるモニター観測の結果、4年程度未満のタイムスケールでわずかな時間変動を示すことを確認している。ガスサイズの更なる絞り込みを進めるべく、一桁小さい離角を有するレンズクェーサーSDSS J1001+5027に対する同様な観測もすでに2回行っており、現在、結果を考察中である。このように研究はおおむね順調に進んでいるといえる。
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今後の研究の推進方策 |
小離角レンズクェーサーSDSS J1001+5027の高分散分光データの考察を進め、すみやかに学術誌に投稿する。大離角レンズクェーサーSDSS J1029+2623に対しては、すでに多視線観測の有効性が確認されているが、銀河団による重力レンズクェーサーはその絶対数が少ないため、早晩、その観測対象が尽きてしまう。そこで、SDSS J1001+5027のような小離角クェーサーに対する多視線観測の有効性を確認することは極めて重要である。有効性が確認できた場合は、他のレンズクェーサーに対する同様な観測を立案し、すばる望遠鏡などに提案する。 このような多視線観測を進める一方で、すでに取得済みの高分散分光モニターの観測データを使って、アウトフローガスの各種物理量の時間変動を探る計画にも着手する。アウトフローによる吸収線に対するモデルフィットは、赤方偏移、柱密度、線幅の他に、掩蔽率(視線方向に対して、吸収ガスが背景光源を覆っている割合)がフィットパラメータに加わるため、一般にその解析は困難である。しかし我々は既にモデルフィットコードを開発しているため、最終年度に着手することが可能である。得られたベストモデルをCloudyによる光電離モデルで再現することにより、ガス密度、温度、金属量などの重要な物理量を評価する。その結果、上述の多視線観測とは独立した手法で吸収体のサイズを見積もることができるため、ガスサイズに対する制限が厳しい「変動する自己遮蔽モデル」の最終的な検証につなげることが可能である。もう一つの補助機構である「変動する遮蔽物質シナリオ」については、X線観測衛星のアーカイブデータの利用可能性について専門家の意見を仰ぎつつ検討を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度は、観測、データ解析、論文執筆などを中心に行ったため、研究成果発表のための旅費を当初計画よりも抑えることが出来た。これまでに投稿していた論文は全て採択されたため、最終年度であるH29年度は、国内・海外で開催される研究集会で積極的に成果発表を行う予定である。
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次年度使用額の使用計画 |
国内外で開催される研究集会への参加・発表のための旅費、研究打ち合わせのための旅費、書籍や研究集会の集録、データ解析用PC、ソフトウェアの購入、および現在執筆中の学術論文の出版費として使用する予定である。必要に応じてデータ解析のための謝金としての使用も検討する。上記目的のために、H29年度請求額と合わせて使用する。
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