研究課題/領域番号 |
15K05050
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
笹倉 直樹 京都大学, 基礎物理学研究所, 准教授 (80301232)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | テンソル模型 / テンソルネットワーク / 量子重力 / ランダムネットワーク / 空間の創発 / ADM形式 |
研究実績の概要 |
海外の研究機関に属する複数の研究者との共同研究により、主に以下のような進展があった。 (1)一般相対論の拘束系代数の導出:ハミルトン形式では、一般相対論は完全拘束系として記述される。その拘束条件は、第一種拘束系として閉じたポワソン代数を構成し、一般相対論の重要な原理である一般座標不変性を表現する。今回の研究では、正準テンソル模型の形式的連続極限において、この拘束系代数が導かれることを示した。この結果は、もしダイナミクスの結果として連続時空が正準テンソル模型から得られるのであれば、その時空上の理論は一般座標不変性を持つことが要請され、一般相対論の原理的要請が正準テンソル模型から自然に導かれることを意味するという重要性を持つ。 (2)超対称正準テンソル模型の構成:フェルミオン(物質場)がどのように正準テンソル模型から導かれるかは大事な課題である。様々な方法が考えられるが、今回の研究では、対称性の力学的パートを超対称リー群に置き換えることにより、正準テンソル模型に超対称性を導入し、フェルミオンを超対称パートナーの片割れとして導入するという比較的直裁的な研究を行った。この方法は、これまでのボソンの結果をそのまま生かせるという利点がある。しかし、フェルミオンパートには負ノルムの問題が課題として残った。 (3)ランダム結合テンソルネットワーク(RCTN)による空間の創発:RCTNは結合がランダムなテンソルネットワークであり、ランダムネットワーク上の統計系ともみなすことができる。RCTNと正準テンソル模型のダイナミクスには深い関係があり、例えば、正準テンソル模型のハミルトニアンは、RCTNのくりこみ群のフローを記述する。今回の研究では、テンソルをうまく選べば、RCTNで空間が創発されることを具体的に示した。正準テンソル模型での時空間の創発現象への手がかりとなる結果である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
今年度の研究では、形式的な連続極限ではあるものの、正準テンソル模型において、連続極限では、一般座標不変性が保証されることを示すことに成功した。これは当初の計画通りの研究結果である。また、計画以上の進展として、正準テンソル模型自身ではないものの、ダイナミクスに深い関係があると考えられるランダム結合テンソルネットワーク(RCTN)の枠組みにおいて、空間の生成に成功した。これらの成果により、正準テンソル模型が時空の理論(量子重力)として大きな可能性があることが、更に明らかになったと考えている。特に、RCTNの枠組みではあるものの空間の生成に成功したことは、正準テンソル模型のダイナミクスの研究や、物理学としての正準テンソル模型の研究に、これまでの比較的形式的な発展以上の具体性を与えるものと考えている。一方、物質場をどのように入れるかについては、今回行った超対称群を考える比較的直裁的な方法では、うまく行かないことが分かった。しかし、物質場の導入方法にはいくつもの方法が考えられ、特に、量子重力の分野では物質場の創発の可能性も比較的頻繁に考えられてきたものである。今回の直裁的な方法が問題のあることを示したことも今後の研究の指針となるのではないかと考えている。以上のように、今年度は、正準テンソル模型の研究の今後の方向を明確にするような研究成果が複数得られたという意味で、計画以上の進展であると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
主に以下の方針で研究を行う。 (1)正準テンソル模型の運動方程式の一般相対論的解釈:ランダム結合テンソルネットワーク(RCTN)からの空間の創発の研究により、テンソルと創発された空間上の幾何との対応関係が明らかになった。RCTNにおいては、テンソルは定数値を取る外部パラメータであるので、創発された空間は静的なものにすぎないが、正準テンソル模型においては、テンソルは動的変数であるので時間発展をする。従って、テンソルと創発された空間上の幾何との上記の対応関係を使えば、空間の幾何についての時間発展が得られる。この方程式は、一般相対論と深い関係が期待され興味深いので、それを明らかにする。 (2)RCTNの相構造と正準テンソル模型が生成するフローの包括的理解:超対称化とは別に、物質を正準テンソル模型に導入する方法として、RCTNで空間と物質を同時に創発することが考えられる。例としては、2次元のイジング模型のキュリー点におけるフェルミオンがある。RCTNにおいて空間を生成するテンソルの形を少し変更し工夫することにより、物質場も同時生成する可能性を研究する。そのために、RCTNの相構造や、繰り込み群方程式として正準テンソル模型のハミルトニアンが果たす役割のより包括的理解を研究する。 (3)ハミルトニアンの新たな可能性:これまで正準テンソル模型で考えてきたハミルトニアンは、一般相対論のADM形式の代数を連続極限で再現するなど大変興味深い性質を持つ一方で、微分方程式の性質としては、1階微分方程式の性質を持っている。しかし、アインシュタイン方程式は2階微分方程式であるので、どのようにして一般相対論の運動方程式が導出され得るのか、その可能性が不明である。量子効果などの効果が考えられる一方で、新しいハミルトニアンの可能性を探ることも考えられる。様々な可能性を探る。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究計画の研究費の主要な使用目的は、海外の二人の共同研究者との議論のための旅費である。以下のような今年度の偶然な理由により、研究費を使用する必要性と機会が少なかった。 研究を発表したLoopsの国際会議がドイツで行われたが、共同研究者の一人は当会議に出席、もう一人は、ドイツの研究機関(マックスプランク研究所)に長期滞在していたため、発表のための国際会議出席と共同研究の議論を兼ねることにより旅費を大幅に節約することができた。また別の理由として、海外共同研究者のうち一人は2015年10月に南アフリカからタイに移籍、もう一人は、ビザの問題のため、10月から予定していたタイから中国への移籍が進まず、10月から3月まで母国インドの研究機関を転々としていた。このため、訪問または招へいして落ち着いて議論するための機会を得るのが難しかった。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度は両研究者とも、落ち着いて研究に集中できる状況にあると思われるので、研究を促進するために、積極的に、訪問または招へいすることにより、本研究計画に基づいて研究を実行する予定である。また、もともとの研究計画には無かったが、タイに移籍した共同研究者が、テンソル模型などの離散的量子重力理論やそれと物性系との関連に関する国際会議を2017年1月にタイのバンコクで開催すること計画しており、それへの参加と研究発表にも使用する予定である。
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