研究課題
2015年に国際宇宙ステーションで開始されたCALET実験は、さまざまな高エネルギー宇宙線を観測対象としているが、原子核成分を観測する主な目的は、その加速・伝播機構の解明である。本研究は、CALET実験で得られた原子核成分観測データの初期解析を目的としている。平成27年度は、これまでに準備してきた原子核観測データの解析手順の確認・改良作業を行った。まず、検出器に入射した原子核の飛跡再構成アルゴリズムの開発・改良を行った。飛跡の再構成は検出器中に多層的に挿入されたシンチレーティングファイバー(断面1mm×1mm)のシグナルを用いて行うが、特にエネルギーの高い陽子の場合には、核反応の結果生成されるたくさんの二次粒子が飛跡再構成を妨げることがわかっていた。そこで二次粒子の影響が最小限となるようなアルゴリズムを開発し、シミュレーションデータを用いてその性能評価を行った。結果として、数100GeV~数TeVのエネルギー領域では240μm、10TeV以上のエネルギーでは270μmという位置分解能をもって飛跡を再構成することに成功した。これと並行して、検出器中のシンチファイバーの位置較正を行った。CALET検出器は打ち上げ前の2015年3月に地上でミュー粒子検出実験を行っている。そこで得られたミュー粒子飛跡を用いて検出器中に挿入されている7,168本のファイバー全ての位置較正を行い、正確な座標を再現するための較正テーブルを作成した。これにより、飛跡再構成、電荷測定の精度向上が見込まれている。この他、当初計画には入っていなかったが、地球磁場を用いたGeV領域の陽子絶対強度算出方法の開発と評価も行った。
2: おおむね順調に進展している
原子核観測データの飛跡再構成、電荷推定、エネルギー推定などの手法については、開発は一段落しており、さらなる改良と性能評価が進んでいる。実際の観測データは順調に蓄積されてきており、一部試験的な初期解析も実施できている。当初計画にはなかったが、地球磁場を用いてGeV領域陽子スペクトルを求める手法についても開発・評価を行った。具体的には、地球磁場中での陽子の運動をシミュレートし、cutoff rigidity の世界地図を作成して、CALETの観測データからGeV領域のエネルギースペクトルを算出するための手法を確立した。これは主目的であるTeV領域の観測データのreferenceとしても重要であるが、宇宙線太陽変調によって太陽活動を長期間観測するという意味でも有用である。その他、電磁成分とハドロン成分を区別する方法については、さらに膨大な量のモンテカルロシミュレーションに基づいて定量的評価を行う必要があるためやや作業が遅れているが、全体としてはおおむね順調に進展している。
今後はこれまで準備してきた解析手法を実際の観測データに適用し、飛跡再構成を行うとともに、入射粒子のエネルギーを決定していく。エネルギー決定法については、全吸収カロリメータでのエネルギー損失の総和から求める方法のほかに、カスケードシャワーの平均遷移曲線を用いる方法がある。前者は入射粒子のエネルギーが比較的低い場合に有効である。一方エネルギーが高い場合は、核衝突点が検出器の上部から底部まで広範囲に分布することに加えて、核衝突で多重発生したハドロンがエネルギーを持ち逃げしてしまうこともあり、前者よりも後者の方法のほうが有効となる。カスケードシャワーの平均遷移曲線を観測データにフィットする方法では、シャワーの最大の点さえ捉えていれば、入射エネルギーが10^14eVを超える領域でもその分解能が30%未満で比較的安定していることがわかっている。これらの方法を実際の観測データに適用し、イベント毎に入射エネルギーを推定していく。最終的には、宇宙空間での粒子別絶対強度を求めるため、CALET検出器の検出効率を粒子別、エネルギー別に求める必要がある。これは上述のエネルギー決定法とも関連するが、入射エネルギーや核衝突点、入射粒子の種類、トリガーモードなど様々な要素が関係している。考えられるすべての要素を考慮に入れて膨大な数のモンテカルロシミュレーションを行い、粒子別の検出効率を算出する予定である。
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