本研究課題で対象とするのは、磁性体内の温度勾配から磁気の流れであるスピン流を作り出す「スピンゼーベック効果」と呼ばれる現象である。スピンゼーベック効果は2008年に日本で発見された新しい現象であるが、その発見から今日に至るまで、簡便なスピン流の生成手法としてたいへん大きな注目を集めている。 平成30年度は、平成29年度に引き続きスピンゼーベック効果の磁気相転移点近傍の振る舞いを微視的に考察した。平成29年度には強磁性スピンゼーベック効果のキュリー温度近傍での振る舞いを研究したが、平成30年度は反強磁性スピンゼーベック効果のネール温度近傍での振る舞いを研究した。具体的には、磁気相転移点近傍で重要となる長波長揺らぎを適切に取り扱える時間依存ギンツブルグ・ランダウ方程式を反強磁性体の場合に拡張し、解析的な計算によって、反強磁性スピンゼーベック効果が外部磁場、および反強磁性スピン帯磁率に比例することを明らかとした。この反強磁性スピン帯磁率はネール温度でキンク構造を持つため、反強磁性スピンゼーベック効果はネール温度でカスプを示すことを実験に先駆けて理論的に結論した。 更に、新しい方向への研究として、超伝導体におけるスピン拡散方程式の導出にも取り組んだ。正常金属相におけるスピン拡散方程式の微視的導出は複数知られているが、超伝導相におけるスピン拡散方程式の微視的導出に関してはあまり知られていない。そこで、BCS-Gorkov理論から出発し、スピン拡散方程式と動的スピン帯磁率の間に成り立つ関係式を経由することで、超伝導状態におけるスピン拡散方程式の微視的な導出に成功した。
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