研究課題/領域番号 |
15K05157
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研究機関 | 群馬大学 |
研究代表者 |
長尾 辰哉 群馬大学, 大学院理工学府, 准教授 (00237497)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 共鳴非弾性X線散乱 / スピン軌道相互作用 / マグノン励起 / 遍歴電子描像 / イリジウム酸化物 / 銅酸化物高温超伝導体 |
研究実績の概要 |
本課題の研究目的は、メインとなる、銅酸化物(3d)系とイリジウム酸化物(5d系)に関する、共鳴非弾性X線散乱(RIXS)の理論解析を2つの軸とした研究と、補助計画に分けられた。メインの研究が順調に進展し、補助計画発動の必要がなかったため、当該年度の実績はメインの2つに限って記述する。 まず3d系に対して、長距離磁気秩序の存在がRIXS実験データに及ぼす影響を理論的に解明する定式化の構築と、具体的な例証を目的とした。これに関し、課題の計画段階から準備を進め、実際に定式化に成功した。その結果、RIXSスペクトルの強度に、従来知られていなかった寄与が存在することを解析的に示した。その寄与の実験による観測可能性を調べるため、La2CuO4を念頭にしたモデル計算を行い、弾性ピーク近傍に、従来知られていなかった鋭いピークが現れることを発見、報告した。これらの成果は今後の実験と直接比較できるものであり、理論の整合性が直接検証される準備が整った。 次に5d系に関しては、強いスピン軌道相互作用が基礎物性に及ぼす影響を調べた上で、低エネルギー領域のRIXSによる励起スペクトルを理論解析することを目指し、対象として、特異な磁気秩序を示す物質、Na2IrO3を選んだ。本研究は、励起スペクトルの解析を、局在電子描像ではなく、遍歴電子描像に基づく理論によって行った初めての事例であり、モデルの策定、並びに励起スペクトルの解析に成功した。磁気励起分散が4本に割れるなど、予言もなされた。最近接以遠の格子間の相互作用を入れないと機能しない局在描像と異なり、最近接格子間の基本的な相互作用だけから出発し、磁気励起、エキシトン励起、連続状態からの励起が、全て1つのモデルから導かれ、それらの結果は知られている実験データと整合することがわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
非ドープの3d系に対しては、長距離磁気秩序の存在がRIXSスペクトルに及ぼす影響を定性的、定量的に調べることを目指した。これは計画の準備段階から順調で、理論の定式化、現実の系に対応するモデル系の数値計算とも順調に完了し、学術論文の出版まで完了した。計画達成度はほぼ完璧に近い。 一方、5d系の場合、RIXS理論に至る前に、スピン軌道相互作用を取り入れ、基礎物性を再現するモデルの策定、解析を行う必要があった。これに対し、従来なされていない遍歴電子描像からのアプローチを行い、低エネルギー励起の全体的な記述に成功し、当該成果は学会発表、論文出版が完了した。理論による結果の、RIXSによる観測可能性検証のため、RIXSスペクトルの計算理論の構築、数値評価が終了し、成果を論文投稿する段階に至った。 ほぼ計画通りだが、後半の成果のうち、最後の部分をまとめた論文の掲載可否を待つ段階であり、完了していないのが唯一未消化な部分である。その代わり、この後の研究計画の内容が、一部並行して推進されている。したがって、全体としては遅れているというよりは、順序が前後した程度とみなされよう。
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今後の研究の推進方策 |
研究計画の2つの柱、5d系と、3d系のRIXSの実験に立脚した研究において、前者の当該分野における進展の速度は理論、実験とも後者を凌駕している。これを踏まえ、本年度以降は、初年度に構築した定式化に基づき、遍歴電子描像に立脚した理論展開を優先的に推進する。典型物質として注目を浴びている2つの具体的な物質において、予備的な研究がすでに開始されており、まずは基礎物性を上手に記述できる遍歴電子モデルの策定、引き続きRIXS理論の適用という流れを速やかに遂行する。 3d系の理論展開は、ドープ系を念頭にしているため、難易度が高く、リスクも踏まえ、5d系の研究の負担にならないように、次年度以降への足掛かりを策定することが有効と見ている。
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