研究期間全体を通じ、スピン軌道相互作用(SOI)が強い系における励起状態がSOIが弱い系のそれとどう異なり、その相違が共鳴非弾性X線散乱(RIXS)のスペクトル強度にどう反映されるかを理論的に調べることを目的としてきた。準備期間から研究の最初期において、SOIが比較的弱い、銅酸化物における磁気励起の振る舞いを射影演算子法という報告者らが導入した手法を用いて解析した。その結果、RIXSスペクトル強度が特定の波数において増大する異常が見えること、及びこの異常はSOIの強い系ではほぼ見られないことを示した。 期間前半には、SOIの強い典型物質Na2IrO3に対し、RIXSスペクトルの解析を通じ、約1eVという広いエネルギー領域における磁気励起、電子と正孔の対生成による集団励起及び個別励起の分散関係、スペクトル強度を包括的に解析することに成功した。その際、電子の遍歴性が強いという視点にたつ解析手法を発展させた。重要な発見として磁気励起のバンドが従来予想されていた数の倍の本数に分裂することを示し、その起源が強いSOIである証拠を得た。このようなバンド分裂は、SOIの強い系に普遍的に現れると結論し、その妥当性を、より複雑な構造をもつ二枚層物質、Sr3Ir2O7を例に検証することにした。 最終年度はこの物質のRIXSスペクトルを数値解析することに注力し、その結果、同年度に公表された実験の新データをほぼ再現する理論の構築に成功した。総合すると、SOIの強い系では、これと同程度の強さをもつクーロン相互作用のうちフント結合的な項との交互作用が原因となって、磁気励起分散に新たな機構によるバンド分裂が生じることがかなり普遍的であることが示され、SOIの強い系の低エネルギー励起の理解に向けて重要な知見を得た。
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